涙を拭って、泣いてる姿なんて見たくない



「久しぶりだね」

どこか愉しげな、されど無機質な声に、条件反射のように身体が硬直した。
うつ向いたまま視線だけを軽く上げれば自分の前髪にヤツの顔が隠れている。
かろうじて見える口元に薄く薄く笑みを引いていた。誰かなんてその顔を拝まずとも分かる。

身体が覚えている、全身を串刺しにするような痛いくらいの殺気。


「……成、宮」
「あれ?どーしたの沢村?成宮『さん』じゃなかったっけ?」
「………」
「ま、いっか。沢村を切り捨てちゃったのは俺の方だしね。それよりもさぁ……ねぇ、何でまだ生きてんだよ」


ゾッとするような冷たい音色を伴いつつ、成宮が沢村の額にオートマチックの拳銃をつきつけた。ご丁寧に安全装置は解除済みだ。
つまりは、脅しではないと。


「あっれー抵抗しないの?その懐にあるリボルバーは飾り?」
「生憎アンタのせいでまだ病み上がりなんだよ。銃の一発も満足に撃てやしない」
「ふーん……だからボディーガードを雇ったんだ?」
「はは、正解」


ガチャリと重金属の鈍い音を沢村の背後から鳴った。
…御幸の少しリーチが長いオートマチックがブレることなく成宮の額に標準を合わせている。


「おっと動くなよ」
「それこっちのセリフ。動いたら沢村撃っちゃうよ」
「その前にお前の左手撃ってやるさ」
「その角度から?骨に当たったら弾が沢村の方に弾いちゃうかもよ?」
「…試してみるか?」
「随分ヨユーじゃん…」


互いに一瞬たりとも気の抜けぬ苦しい状況が続く。
目の前に丸腰同然のターゲットがいるにも関わらず迂濶に手が出せない苛立ちを隠せぬまま、さてどうしよう、と思い成宮はあることに気付いた。
丸腰同然?こんな状況下であの沢村にしては少し大人しすぎやしないか?
御幸を警戒しつつ、一瞬たりとも懐に手を伸ばさなかった沢村の左手を見る。
…なるほど、どーりで。


「ああもう、やーめたっ!これじゃこっちが不利すぎる!」
「…へぇ、何で?この場合フィフティーフィフティーだろ?」
「沢村が袖にナイフを忍ばせてなかったらね!沢村を撃った瞬間にナイフで足を殺られたら、さすがに一也に敵う見込みは無いよ」
「あらら、そーかい」
「あーあ、こんなことなら雅さん連れてくるんだった!」


わずかだが不自然に寄った袖の皺をめざとく見つけ、成宮が乱雑にオートマチックをしまう。
苦虫を潰したように顔を歪めれば今度は御幸が口に弧を描いた。
それに舌打ちをし、ふと見れば沢村がこちらをまっすぐ見据えている。
苛立ちが一気に消え失せ、代わりに別の感情がむくむくと沸き上がるのを感じた。
自然と口角が釣り上がる。


「いいね、その目……凄くゾクゾクする。やっぱり沢村はこうでなくちゃ」
「ふざけんな。成宮、何でまだ俺は追われてるんだよ!あのデータは」
「データはちゃんと返してもらったよ。けど最重要機密情報だからその存在さえバレたらアウトなの。知られちゃいけないことは、知られたら知ったヤツごと抹消する。当たり前だろ?」
「………っ」
「あ、でも沢村がこっちに来るとなれば話は別。ねぇねぇ沢村、やっぱりこっちにおいでよ!今からでも遅くないし、むしろ沢村なら大歓迎!」

至極愉しげに笑えば御幸があからさまに顔を歪めた。
一切感情を表に出さない御幸にとってこれは異常すぎる。
こっちが戦意喪失をしているにも関わらず未だ銃口を下げないのがいい証拠だ。
その御幸を知ってか知らずか沢村が口を開いた。


「断る。組織は大嫌いだ」
「わっかんないなー、自分から死ぬ方を選ぶなんてさ。……じゃ、またね沢村。次は嫉妬深いボディーガードがいない時に会いに来るから」
「はっ。二度と来んじゃねーよ」


せんべつだと言わんばかりに御幸が成宮を撃った。
が、それと同時に成宮も引き金を引く。
成宮の弾丸は御幸の頬をかすめ、御幸の弾丸は成宮が素早く路地を曲がったことにより古びた壁にめり込んだだけだった。






「…沢村」
「へーき。御幸がくれたナイフを肌身離さず持ってて正解だったな」
「………」


目の前の少年は、本当に自分と同じ世界の人間かと疑いたくなる。
何が平気、だ。
成宮を仕留め損ねた弾丸をそっと撫でる指が震えているのさえ隠せないくらい嘘をつくのが苦手なのが丸分かりだというのに。


「でも正直助かった。御幸がいなかったら今度こそお陀仏だったもんな」
「…沢村…」
「んだよー」
「……泣くな」
「泣いてない」
「泣くな」
「……泣いて、ない」


あの時、本当ならリボルバーを引き抜くべきだった。
ナイフなんかよりもずっと優位に立てる拳銃を、沢村は使わなかった。
いや、使えなかった。
ほんの少しのためらいに成宮からつけこまれた。
つい先日沢村に護身用代わりのナイフを渡していたことに今まで感じたこともない「奇跡」なるものを彷彿とさせた。
それでも俺がいなければ確実に軍配は成宮に上がっていただろうに…。
それなのに、優しすぎる。
の為に沢村が泣く必要があるのか。
生憎沢村ほど優しくない俺には到底理解できそうにない。


「沢村、そんなに誰かを殺すのが辛いか?」
「…違う」
「じゃあ殺されるのが怖かったのか?」
「…そうじゃない」
「じゃあ、何で」

何で、泣くんだ。

「…アンタが…」
「?」
「アンタが、御幸が……無事で、良かった……っ」


大きく肩を震わせながら吐き出された言葉に、御幸は耳を疑った。
振り返った沢村の大きな瞳からボロボロと涙が伝う。


「もう…も、俺、ヤだよ…っ…」
「………沢村…」
「よかった…みゆ、きが…無事で、良かった……っ」


切れて薄く血が流れる頬を沢村の指がそっとなぞる。
幼い子供のように顔を歪ませて泣く姿が酷くか弱く見えて仕方ない。
自分よりも小さく細い身体をそっと抱きしめた。


「お前…ホント、馬鹿」
「………っ」
「俺のために泣くとか、どんだけ馬鹿なんだよ」
「バカバカうるせーよバカ!」
「ああもう、泣くな泣くな」
「るせー!泣いてねー!」
「ハイハイ今日も雨ですねー」




笑いながら空を仰ぐ。
薄暗い路地の隙間にさえ、今にも日の光が差し込みそうなくらいの快晴を。




(涙を拭って、泣いてる姿なんて見たくない)





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