ああなんてズルイ人 ※医者パロ


「えーじゅん!あのね、今日オレたいいんできるんだって!」
「おう!聞いてる聞いてる。良かったなぁ元気になって!」
「へへー。いっぱいキャッチボールするんだよ!」
「そっかそっか」
「もちろんえーじゅんと!」
「分かってるって。約束したもんな」
「うん、やくそくー!」


にぱっと子供特有の笑顔を惜しみなく向けられ自然と笑顔になる。
わしゃわしゃと頭を撫でれば甲高い声で嬉しそうにはしゃいだ。
この青道総合病院に小児科の研究生として配属されて1年。
入院している子供達がこうして元気になり退院してゆく姿を見送る度に小児科医を志して正解だったな、と心から思うようになった。


「またね、えーじゅん!」
「またな!もう怪我すんじゃねーぞ!」
「うん!」





「……相変わらず子供にモテモテだねぇ、沢村?」
「おわっっ!?」


―――ただし、一人の存在を除いて。


「みっ…御幸先生!?」
「ハロー沢村。俺に会えなくて寂しかった?」
「何言ってるんスか!ははは離して下さいよ!」
「え、ヤだ」


退院の子を見送り自分のデスクに腰を下ろした途端、いきなり後ろから椅子を挟む形で御幸先生に抱き締めらた。
ちくしょうどっから湧いて来やがった!
悔しいことに体格差と力の差により容易に脱け出せないことはこの1年で重々承知している。
しているので卓上のカルテで思いっきり後ろをひっぱたけばバシッと派手に音がした。
うん、いい音。


「いっつ〜〜っ!お前…カルテで本気で殴るなって。地味に痛ぇ」

脇腹を押さえてうずくまる御幸先生をフンッと見下ろす。
ざまぁみろ。

「正当防衛です!……それより御幸先生がどうしてこっちに?」
「何言ってんだ。昼休みだ昼休み」

さもこっちで食うのが当たり前のように昼食を袋ごと見せる。
いつからアンタが小児科医になったよ。

「…緊急時に備えて昼飯は外科の方で取られた方がいいっスよ」
「大丈夫大丈夫。向こうには降谷がいるし」
「だったら降谷と食べたらどースか?」
「無理無理。会話が続かねぇもん。三点リーダーの餌食とかごめんだ」


うん、まあ言わんとすることは分かる。なんせ降谷だもんなぁ。


「だからって研究生一人にするのはどうかと」
「お前だって一人だろ?今日クリス先生有休取ってるし」
「………」


あ、この人絶対クリス先生がいないのを見越してここに来てる。
だって見るからに御幸先生の顔が楽しそうだ。
切れ長の瞳をより細め、チェシャ猫のように笑う時の御幸先生は大抵ロクでもないことを考えてる。
……なんか俺この1年で要らないことばかり学んでないか?


「とにかく、俺はまだ書類やカルテの整理が残ってるんで昼飯はまだですから大人しく外科に帰って下さい!」
「じゃあ手伝ってやるよ」
「…いい加減にしねぇと内線で降谷呼ぶぞ」
「あ、それはナシ」


受話器に伸ばした手を上から押さえ付けられ反射的に見上げれば整った御幸先生の顔。
じっ…とそらすことなく見つめられるとさすがに辛い。この人顔だけは良いんだよ、顔だけは!
しかも白衣に黒渕眼鏡とかお決まりの格好だしさ。
看護師や患者問わず人気なのは頷ける。
……認めたくないけど、やっぱ男の俺から見てもカッコイイもん、うん。


「沢村?」
「あ、いや、別に…」
「もしかして見惚れてた?」
「……降谷呼びますよ」
「ふーん」

待て待て待て待て!何ゆっくり顔を近付けてんだバカ!
カッコイイけどさぁ!

「お前本当嘘つけないよな」
「え……」
「男に顔近付けられて真っ赤になってるのに『別に』な訳ないだろ?」
「…っ、気のせい、だ!」
「気のせい?こんなに脈拍上がってんのに?」


ハッとして視線を電話にやる。そうだった、俺今腕掴まれてるんだ。
人に言われると余計に意識してしまってバカみたいに触れている右手が熱い。
…これじゃまるで御幸先生の言っていることを認めてるみたいじゃんか!
どうしていいか分からず、恐る恐る御幸先生を見ると妖艶に微笑んでいた。
小さく肩が跳ねる。


「…御幸、先生。昼休みなくなるから早く昼食を取った方が…」
「ああ、そうだな。それじゃさっさと頂くわ」
「へ?」
「飯なんかよりずっと旨そうなのが目の前にあるんだぜ?……逃がすかよ」


…あ、ヤバい。今の返しは完全に墓穴だ。
と後悔するより早く空いていた御幸先生の左手が俺の顎に添えられる。
ははは、動けよ俺の身体!


「いただきます」






「……何を、ですか?」
「げ」

キスされるのを覚悟して固くつぶっていた目をゆっくりと開ける。
見れば入り口に見慣れた姿。


「ふ…降谷ぁ!」
「一瞬だけ内線が鳴って、すぐ切れたから来てみたんだよ。…沢村から、離れて下さい」


降谷が来てもそのままだった御幸先生をべりっと俺から剥がす。
盛大に舌打ちが聞こえたのを盛大にシカトしてやり、腰にしがみつく形で降谷の後ろに逃げる。
助かった、マジで助かった。

「ありがと降谷っ」
「間に合って良かった。けど、君ももっと気をつけなきゃ」
「…いつもワリぃ」
「責めてる訳じゃないよ」

同期であり同じ研修生である降谷にはいつも助けてもらってる。
何からって御幸先生のセクハラから。

「…ちょーっと降谷?何さりげなく沢村の頭撫でてんのかな?」
「沢村に強引にキスしようとした御幸先生に言われても」
「抵抗されなきゃ強引とは言わないんだよ」


あれ?なんか凄く険悪な雰囲気じゃね?
御幸先生と降谷の間でバチバチ火花散ってるよーに見えんの俺だけか!?
つかこれ止めるべきか!?と思っていたら案外早く御幸先生が折れた。
小さな、でも深いため息にちょっと申し訳ないような気持ちになる。
いや、こっちが謝ることは何一つないんだけど。


「…はいはい分かったよ、大人しく戻るって」
「最初からそうして下さい。…じゃあね、沢村」
「お、おう」
「またなハニー!」
「誰がハニーだっ!」


はっはっは、と笑いながら何事もなかったように御幸先生が出ていった。
何だか嵐や台風が去った後のようにやけに静かに感じるな…なんてぼんやり思って数回頭を振る。
何考えてんだ俺。ちょっと寂しい、なんて思うなんて。


「…書類整理は後だ後!飯食おう!」
「えーじゅん!」
「うわっ!…び、ビックリしたぁ!」

きゃはは、と複数の笑い声。
どうやら退屈になった子供達が遊び来たらしく次々に俺の周りに寄って来る。

「えーじゅん、ごはんは?」
「今から。お前達は食べ終わったか?」
「うんっ」
「あ、えーじゅんのごはんこれー?」
「え?……あ」


ガサガサと一人の子が取って見せたのは御幸先生の昼食。
完全に御幸先生の置き忘れだ。


「あー……それ御幸先生のだ。勝手に開けるなよ?」
「えー?でもこれえーじゅんがよく食べてるのだよ?」
「ほんとだ!クリームのあまいパン!」
「…は?何で?確かあの人ホイップ系の甘いやつ苦手だろ…?」


ふと病院用ではない自分の携帯のバイブが鳴り、膝に乗ってる子を落とさぬよう片手を伸ばして携帯を取る。
メールの差出人はタイムリーにも御幸先生。
ちょうど良いから昼食を置き忘れてることを伝えようと思いメールを開いた、ら。


「〜〜〜〜っ!」
「?えーじゅん?」
「どーしたの?かおまっか!」



From 御幸先生
Sub  言い忘れてた
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昼飯、置き忘れたんじゃなくてお前の分な。
どーせまだ買いに行ってないと思って。
確かよくそれ食ってたろ?


それから、俺お前が好きなんだけど?


- END -






携帯を持つ手が震える。
言い忘れてたのは昼食のことなのか、それとも「好き」だということなのか。
散々セクハラしておいて、あれだけ自分に迫っておいて、今更疑問系とか。
今更「好きだ」とか。


「っ、俺にどーしろってんだよ……!」


いっそ俺の逃げ道を塞いで力づくでねじ伏せればいいのに、俺を陥れることなんて頭のキレるあの人なら造作もないことなのに。
最後の最後は俺に選ばせるなんて。





(ああなんてズルイ人!)
(きっとほくそ笑んでいるであろうあの人が目に浮かんだ)





「えーじゅん?」
「…遊ぶの待ってくれるか?ちょっと出掛けてくる」
「いいよー」



To  御幸先生
Sub 無題
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今からそっちに行く。
そういうことは直接言え。

- END -





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