「足りない…足りない足りない!」
「うるさいなぁ…、なんっすか」

 ごろごろと長時間ソファーに転がっていた御幸はいきなり起き上がるなりそう言った。不機嫌な顔で沢村は御幸を睨む。ソファーに接していたローテーブルのカップには沢村のコーヒーが入っていたのだが、左右に揺れて中身が受け皿に零れてしまっていた。

「ちょっとさハニー、抱きしめていい? 今すぐ」
「…今すぐ殴っていい?今すぐ」

 拳を握り締めた沢村の手にはコーヒーが滴っていた。びちゃびちゃとまではいかないが、結構な濡れ具合だ。

「ツレないこと言うなよー…1分でいいから」
「嫌だっつの、1分ってしかも長いだろ」
「だってよぉ、毎晩毎晩おでこにチューして我慢してたけど、もう限界なんだよ!」
「…待て変態。今なんて言った?」

 聞き捨てならぬワードを拾った沢村は立ち上がった。御幸はしまったと顔をしかめる。沢村は拳を固めたり緩めたりして威圧感ばりばりだ。しかしそこは御幸、開き直ったのか拗ねたように唇を尖らせ言った。

「だってハニーったら最近家に寄り付かなくなったじゃない、俺もう寂しいのよ」
「毎日顔合わせてるだろ!」
「私のこと飯炊き女だって思ってるでしょ!」

 甲高いキンキンとした裏声で御幸が叫んだ。飯炊きなんて言葉はそうそう使わない上に御幸はDNAから女性ではない。ツッコむ気力さえ起きない。毎度の事だが沢村はいい加減疲れてきた。拒否し続けるも大変なのだ。

 沢村はハンドタオルで手を拭きながら迫る御幸を見つめた。口さえ開かなければ…と何度思ったことか。恵まれた外見の人間には何かしら欠陥があるものなのだろうか。
 いつものように御幸をあしらってもいいが、それが今日も効果を示すかどうか。暴走して襲われたとしても沢村が負けるわけないのだが、御幸の実力は未知数。マウントポジションを取られたら危ないだろう。そこで残る選択肢。大人しく身を任せるか、御幸を昏倒させ逃げるか。
 どちらにしようかと悩んでいると、焦れたように御幸が手を伸ばしてきた。捕まえる気満々である。沢村は静かに目を伏せて、身体から力を抜いた。

 強い力で抱き寄せられる。汗のと昼ご飯のラーメンの匂いが香る。見た目よりも筋肉質な御幸は思い切り力を入れているらしい。沢村はかなり窮屈だった。このまま鳩尾を殴って気絶させてやろうかと拳を固めたとき、御幸が小さく呟やいた。

「……美味そう」

 低い声にぞくりと肌が粟立つ。沢村は思わず固まってしまった。

「餃子匂いがする」
「――――離せラーメン野郎!」

 沢村が容赦なく拳を叩き込もうとすると、御幸は素早く身体を離した。

「そんなハグぐらいさせてよハニー」
「匂いを嗅ぐな!」
「香ばしい餃子とハニーの甘い香が絶妙だぜ」
「これが所謂職場セクハラだろ…もう……」
「コミュニケーションツールだって」

 ムードをとやかく言うつもりはないが、大人しくしてやれば言うことに欠いて餃子の匂い。昼ご飯の話か。沢村たちは今日仲良く外食し、ラーメンと餃子を食べた。今まで食べた中でも一番美味かった、と思ったのは沢村も同じだが、なんだか苛々したのだ。この際美味そう発言はスルーしよう。沢村はシニカルに微笑んだ。

「軒下に埋まってろ」

 コーヒーを御幸にぶちまけてやった。


(眼鏡に水は厳禁なんだぞ!)





*****

Paracetamol」のアラさんから相互お礼で頂きました。
感涙ものですぜぶわわっっ!!
アラさんちのスピカシリーズが大好きで調子に乗ってリクエストしたところこんなにも素敵な御沢を頂いてしまいましたようへへ←
クーデレ沢村はジャスティスだと言い張ります。

アラさん、ありがとうございました^^
私からの相互お礼は…もう少しお待ち下さい…orz




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