いつもより少しだけあたたかい冬の日。
かずやくんはめんどくさそうに、だけどいつもよりちょっとだけ元気に歩いています。
今日のかずやくんはいつもと少しだけちがいます。
ななめにちょこんとかぶっているお帽子はいつもどおりです。
冬でもとってもあたたかいオーバーコートもいつもと一緒。
肩にかかっている青いポシェットははじめてつかいます。
ポシェットの中にはおかあさんが買ってくれた小さなお財布とハンカチ。
そして片手にはおかあさんが作ってくれたお買い物袋を持っています。
「より道しないでまっすぐ帰ってくるのよ」
おかあさんはそういいながらかずやくんに持たせてくれました。
大好きな野球のグローブとボールのアップリケのついた、かずやくん専用のお買い物袋です。

4歳になったかずやくん、今日ははじめてひとりでおつかいです。
ほんとはおうちでこたつに入ってご本を読んでいたいのですが、おつかいというお兄さんっぽい響きにはかないません。
近所のくりすお兄ちゃんのおつかいのお話がとてもうらやましかったのです。
一緒にお話を聞いていたよういちくんやのりくんはまだおつかいにいったことがないっていってました。
ほかのお友達もきっとまだでしょう。
かずやくんはみんなよりひと足先にお兄さんの仲間入りです。
くりすお兄ちゃんにも
「おれもおつかいいったよ!」
って言えます。
だから寒いしめんどくさいけど、かずやくんは元気にお母さんにお願いされたおつかいにいきます。

買ってくるものは卵と牛乳とホットケーキミックスです。
卵は1パック、牛乳はパックに500って書いてあるのを選びます。
ホットケーキミックスはいつもおかあさんが買ってきてくれるものです。
おかあさんはホットケーキミックスの箱の絵をメモに書いてくれましたが、
かずやくんはそんなのなくてもわかります。
だっていつもおかあさんのお買い物にいつもついていってるからです。

「ぎゅうにゅうだっていつものでもいいのにな」

ちょっと思い出してぷぅってほっぺたふくらましてしまいましたが、
気を取り直してはじめてのおつかいに行くことにしました。

場所はいつものスーパーです。
道路の右側をお行儀よく歩きます。
横断歩道を渡るときは右左右を確認してから、手をあげて渡ります。
下り坂は早く走ることができて楽しいけど、今日はそんな事しません。
だってかずやくんはもうお兄さんなんだから。

しばらく歩いてようやくスーパーに着きました。
たまごも牛乳もホットケーキミックスもどこにあるのかすぐにわかります。
自動ドアの近くにあった大きな買い物カゴに丁寧に入れていきます。
おかしのコーナーがちょっぴり気になりましたが、でも今日のおつかいにはお菓子はありません。
だから今日は買いません。
レジにだってきちんとひとりで並べます。
レジのお姉さんに
「このふくろにいれてください」
ちゃんといえます。
そしてポシェットからお財布を出して、お金を払う事もできました。
おつりをもらうのも忘れずに、きちんとお財布にしまって。
これでお買い物は終わりです。


かずやくんは帰り道でもお行儀よく、でもちょっぴり急ぎ足で歩き始めました。
ほんのちょっとだけ重い荷物もへっちゃらです。
上り坂も休みながらゆっくり登れば平気です。
横断歩道もきちんと信号を守ります。
でも途中にある公園で足を止めてしまいました。
疲れたのではありません。
公園で3人の大きなお兄ちゃんたちがキャッチボールをしているのです。
野球が大好きなかずやくんはどうしても近くで見たくなってしまいました。
「ちょっとだけならいいよな」
そう思い、お兄ちゃんたちのいる公園へ入ろうとしたときです。
「あ!」
キャッチボールを見ていたかずやくんは入り口のちょっとした段差に気づかず、つまづいてころんでしまいました。
かずやくんはころんだくらいでは泣きません。もうちっちゃい子じゃありませんから。
だからすぐに起き上がります。おひざがちょっと痛いけど平気です。
でもそれよりも、うっかり手を離してしまったお買い物袋です。
”ぐしゃん!”とものすごい音がしました。きっと卵が割れてしまったのでしょう。
せっかくここまでひとりでがんばったのに。
がんばってもたまごがわれてしまってはお買い物できたとはいえない、と
かずやくんはくやしくなってしまいました。
泣いたらダメって思うけど、我慢すればするほど目がじわっとします。
落としてしまったお買い物袋を拾うこともできず、ただ手をぎゅっとにぎり締めて泣くのを我慢しています。

「おーい、大丈夫かー?」

その声に顔をあげると、目の前にはとっても目の大きいお兄ちゃんがいます。
かずやくんはずっと下を向いていたので気づきませんでしたが、
キャッチボールをしていたお兄ちゃんたちが転んだかずやくんを心配して来てくれたのです。
「転んじゃったね。大丈夫?痛いところない?」
ピンクの髪をしたお兄ちゃんがしゃがんでおひざの砂埃をやさしく落としてくれてます。
「…はい」
もう一人の一番大きいお兄ちゃんがお買い物袋をひろってかずやくんに差し出してくれました。
そのお買い物袋を見たら、また悲しくなってしまったかずやくん。

はじめてのおつかいなのにたまごをわっちゃった。
もうおにいさんなのにじょうずにおかいものできなかった。

そう思ったらますます悲しくなって、とうとう我慢できなくなってしまいました。
涙がほろほろこぼれてきてしまい、止める事ができません。

「おおい、どうしたんだぁ?!どっかいてーのか?!ケガしちまったか?!」
目の大きいお兄ちゃんは突然泣き出してしまったかずやくんに驚いて”病院か?いや、その前に家探すか?”とオロオロしています。
一番大きいお兄ちゃんも”救急車救急車”と目の大きいお兄ちゃんと一緒にオロオロしています。
「膝か足首かな?ちょっとズボンめくるね?ちょっとだけ我慢してね?」
一人冷静なピンクのお兄ちゃんはやさしくズボンをめくっておひざをみてくれています。
転んだ時についてしまった手もみてくれました。
「膝は少し赤くなってるけど足首も腫れてないし、手のひらも少しすりむいてるだけだから大丈夫だよ」
”救急車必要ないから”とピンクのお兄ちゃんはそういって慌てている二人のお兄ちゃんにいいました。
ほうっと安心した二人のお兄ちゃんは泣き止まないかずやくんの視線にあわせるようにしゃがみます。
「じゃーどうしちゃったんだぁ?兄ちゃんたちに話してみ?」
目の大きいお兄ちゃんは泣き止まないかずやくんの頭をわしわしっと撫でながら聞きます。
ほんとうは泣いたってどうしようもありません。
お兄ちゃんたちに話したって割れてしまったものは元には戻りません。
かずやくんはわかってます。
おつかいの途中でより道してしまった自分が悪いのだから。
おかあさんのおいいつけを守らずに、より道をしてしまったから。
だからわるいのは自分ってかずやくんはわかっています。
でも、

「たまご、たまご、われちゃった」

くやしくてかなしくて涙が止まりません。


「たまご割れちゃったかー。でもお前、ひとりでおつかいいったんだろ?えらいぞ!」
目の大きいお兄ちゃんが頭を撫でてくれます。
ちっともえらくないとかずやくんは思います。
食べる物をムダにしてしまったし、おつかいも失敗してしまったのですから。
きっとおかあさんにも叱られてしまいます。
でもそっと顔を上げると目の前には目の大きいお兄ちゃんがニッカリ笑っています。
「たまごも謝れば許してくれるって!大丈夫!」
「栄純くんのいうとおりだよ。ちゃんとお母さんに謝れば大丈夫だからね。」
ピンクのお兄ちゃんもかずやくんのお顔をハンカチで優しく拭きながらニコニコ笑っています。
「でも、でもぉ・・・」
かずやくんはまだ不安です。涙も止まりません。
その時です。
「・・・割れてないよ」
なにやらボソッとした声が聞こえました。
その声はうしろでしゃがんでゴソゴソしていた一番大きいお兄ちゃんです。
かずやくんのお買い物袋の中を確認していたようです。
「なんだって降谷?」
「どうしたの降谷くん?」
かずやくんとふたりのお兄ちゃんは一番大きなお兄ちゃんの方へ振り向きます。
「たまご、割れてないよ」
「…ほんとう?」
かずやくんは大きいお兄ちゃんに聞くと、
「ケースがへこんでるだけ。」
そういって”ほら”とかずやくんに卵を見せてくれました。
たまごの入ったケースは少しへこんでしまっていますが、肝心のたまごは無事のようです。
「よかったぁ」
割れていないたまごをみて、かずやくんはほっとしました。
「おー!ほんとだ割れてねー!よかったなー!」
目の大きいお兄ちゃんがまた頭を撫でてくれます。
ピンクのお兄ちゃんも”よかったね!”と喜んでくれています。
「うん!」
かずやくんも元気なお返事ができるようになりました。
一番大きいお兄ちゃんは座り込んでホットケーキミックスの箱をじっとみています。
「ホットケーキ、食べたいな・・・」
一番大きなお兄ちゃんの頭の中にはもうホットケーキしかないのでしょう。
そのつぶやきを聞いた目の大きいお兄ちゃんも”俺も食いてー!寮で作れっかなー?”と大きいお兄ちゃんに聞いています。
「じゃ、今度は転ばないように気をつけてね」
ピンクのお兄ちゃんがかずやくんのお帽子の埃を落とし、そっと被せてくれます。
大きいお兄ちゃんがお買い物袋に買った物を入れ直してくれました。
ホクホクとしているのは、寮のおばちゃんに焼いてもらえるか聞く事で話がまとまったのが嬉しいのでしょう。
「つか足マジ大丈夫か?なんだったらおぶってやるぞ?」
目の大きいお兄ちゃんはかずやくんの足がまだ心配そうです。
背中を向けてしゃがんでくれています。
でもどこも痛いところはないし、もうお兄さんですからおんぶは必要ありません。
「おれ、あるける!おんぶいらない!」
ちょっと頬をぷっくりさせながら目の大きいお兄ちゃんにいいました。
「そうかー?」
それでも目の大きいお兄ちゃんはまだ心配そうです。
「・・・家まで送ればいいんじゃない?」
一番大きいお兄ちゃんがいいます。
「おお!そうだな!降谷頭いい!」
「でも、この子怒られないかな?一応俺たち知らない人だし。」
「制服着てるし大丈夫なんじゃない?」
おうちももうすぐそこだし、ひとりでも大丈夫なんだけどな、とかずやくんは思いましたが、
結局はおうちの近くまで一緒に帰る事になりました。


目の大きいお兄ちゃんが手を繋いでくれています。
ピンクのお兄ちゃんと一番大きいお兄ちゃんは二人のすぐ後ろを歩いています。
かずやくんのお買い物袋は一番大きいお兄ちゃんが持ってくれています。
おうちまではお兄ちゃんたちとお話をたくさんしました。
お名前も教えてもらいました。
ピンクのお兄ちゃんははるいちお兄ちゃんで、一番大きいお兄ちゃんはさとるお兄ちゃん。
「俺は栄純!よろしくな!」
目の大きいお兄ちゃんはニッカリ笑っていいました。
「おれはみゆきかずやです!」
かずやくんもえいじゅんお兄ちゃんに負けないように、大きいお声でお名前をいいました。
元気にお名前を言えたかずやくんに、えいじゅんお兄ちゃんは
「おう!よろしくな、かずや!」
と、やっぱりニッカリ笑ってくれました。

大好きな野球のお話もたくさんできました。
はるいちお兄ちゃんは”せかんど”でさとるお兄ちゃんとえいじゅんお兄ちゃんは”ぴっちゃー”だそうです。
かずやくんが今よりうんと大きくなって、憧れの”きゃっちゃー”になったらさとるお兄ちゃんとえいじゅんお兄ちゃんの球を捕ってあげる約束をしました。
「約束だからな!」
「うん!やくそく!」
指切りをしながらかずやくんとえいじゅんお兄ちゃんは”おとこのやくそく”をしました。

楽しい時間はあっという間で、気づいた時にはかずやくんのおうちのすぐ近くです。
お兄ちゃんたちともお別れの時間です。
歩みも自然に遅くなってしまいます。
「あ、もうお家着く?」
はるいちお兄ちゃんはかずやくんの様子を見て気づいたのでしょう。
「・・・うん」
かずやくんはまだおうちに帰りたくないな、と思いました。
まだまだたくさんお話したいのに、もっと野球のお話がしたかったのに。
でも帰りの遅いかずやくんを、お母さんもきっと心配しているでしょう。
だからおうちに帰らなくてはいけません。
かずやくんは寂しくなってしまいました。
そんなかずやくんの気持ちがお兄ちゃんたちにも伝わったのでしょう。
お兄ちゃんたちはさっきの公園のように、かずやくんのまわりにしゃがみます。
はるいちお兄ちゃんはかずやくんの頭をやさしく撫でて、
「転ばないように気をつけてね。手、ちゃんと消毒するんだよ?」
と、ニッコリ優しく言ってくれました。
「・・・はい」
さとるお兄ちゃんが持ってくれていたお買い物袋を渡してくれました。
「たまご、気をつけてね」
あまり表情が変わらないからよくわかんないけど、でもやさしいお兄ちゃんだなって事はかずやくんにもわかりました。
「・・・ありがと」
かずやくんがお礼を言うと、さとるお兄ちゃんは嬉しそうに少しだけ微笑んでくれました。
えいじゅんお兄ちゃんは繋いでいる手をきゅっと握り、
「また会おうな!今度は一緒にキャッチボールしようぜ!」
「うん!おとこのやくそくだぞ!」
「おう!男の約束な!」
ニカーッと笑ってそういいました。
そのお顔をかずやくんは忘れたくないと思い、お顔をずいっと近づけました。
かずやくんはたまに遠くのものが見えにくくなるときがあります。
ご本を読むときやテレビを見るときはお顔をずいっと近づけて見ています。
だからえいじゅんお兄ちゃんのお顔をよく見るために、いつものようにお顔を近づけました。
でも近づきすぎてしまったのでしょう。
かずやくんのお口がえいじゅんお兄ちゃんのお口にふにっと当たってしまいました。
えいじゅんお兄ちゃんは”俺のファーストキスー!”と騒いでいます。
かずやくんはなぜかドキドキしています。
どうしてでしょう。えいじゅんお兄ちゃんもかずやくんも男の子です。
なのにかずやくんはドキドキが止まりません。
その時”かずやー!”と、かずやくんを呼ぶ声がしました。おかあさんです。
帰りの遅いかずやくんをお迎えにきたようです。
今度こそほんとうに帰らなくてはいけません。
寂しいけど、でもまた会おうってお約束したから平気です。
「お兄ちゃんたちありがとう!またね!」
かずやくんは元気におかあさんのところへ走り出します。
「またね!転ばないようにね!」
「ばいばい」
はるいちお兄ちゃんとさとるお兄ちゃんは大きく手をふりかえしてくれました。
「おおお俺のファーストキスかえせー!」
えいじゅんお兄ちゃんが何か叫んでます。
何をどうやって返せばいいのかわからないかずやくんは
「またこんどね!えいじゅんおにいちゃん!」
そういってさっきよりも大きく手をふり、おかあさんといっしょにおうちに帰りました。


今日かずやくんのおやつはホットケーキです。
材料はもちろん、かずやくんがはじめてのおつかいで買ってきたものばかりです。
おかあさんが焼いてくれたふわふわでほかほかなホットケーキを食べながらかずやくんは、
はじめてのおつかいの事をおかあさんに教えてあげました。
スーパーで迷子にならなかったこと、ちゃんとお行儀よくできたこと、
公園でころんじゃったこと、そしてえいじゅんお兄ちゃんたちのこと。
それをおかあさんはとても楽しそうに聞いてくれました。
「おつかい、また行きたい?」
おかあさんに聞かれました。
答えは決まっています。
かずやくんは元気よく大きい声で答えました。
「うん!またおつかいあったらいってあげる!」


夜になり、ごはんを食べてお風呂に入ったらもうおねんねの時間です。
いつもはベッドに入ってもなかなか眠くならないのに、今日はベッドに入るとすぐに眠れそうです。
寝てしまう前にかずやくんは今日のおつかいの事を思い出していました。
おつかいというよりえいじゅんお兄ちゃんの事かもしれません。
どうしてふにってしてしまった時にドキドキしたのか、やっぱりわかりません。
でもとってもやわらかくて、とっても気持ちよかったので
「こんどあったらまたふにってしよう」
今度会った時にはだっこしてもらってふにってするのもいいなぁ。
そんな事を考えながらかずやくんは眠りました。

その夜。
かずやくんはとっても大きくなって、えいじゅんお兄ちゃんを抱っこしている夢を見ました。
今は無理かもしれないけど、でも大きくなったら絶対やろう、と思いました。



*****
かつおさんから頂きました。
もう読んだ瞬間ニヤニヤが止まりませんね!
ビバ年齢逆転。ジャスティスですよね!
無理言って飾らせてもらいました。ありがとうございました!






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