渇望イエス返答



定刻通りに仕事を切り上げると、そのまま帰宅せずに通勤路から少し外れた通りに向かった。
その一角にある喫茶店、木製の扉を手前に引けば鈴の音が小さく響いた。
落ち着いた雰囲気の店内に足を入れるとカウンターにいた一人の男性が面を上げ、俺の姿を確認するや否や嬉しそうな笑顔を向けてくれた。
頬が緩むのを必死に抑えて綺麗な笑みを向ける。


「いらっしゃい、御幸君」
「こんばんは沢村さん。いつもの珈琲、ブラックで」
「カウンター?テーブル?」

そんなの愚問だ。

「もちろんカウンター」


この店のマスターこと沢村さんと向かい合う形で腰を掛ける。
鞄を隣の空いている椅子に置き、背広を脱いでまとめればタイミング良く珈琲が出された。
まだ寒さが残るこの季節に暖かな湯気が嬉しい。
そっとカップを両手で包めば珈琲の香ばしい匂いが広がる。


「相変わらずナイスタイミングですね」
「だってこれが仕事だからな。御幸君は今日はいつぐらいまで居座る?」
「お邪魔じゃなければ…また閉店まで良いですか?」

嘘だ。どんなに客が増えようがこの席を譲る気は更々無い。

「もちろん!見ての通り客足は少ないから構わないし、話し相手がいてくれると嬉しいからな!」
「それじゃあ遠慮なく」


この喫茶店…と言うより沢村さんを知ったのは、まだ俺が入社したての頃。
入社をすると同時にこの辺りに引っ越したため、会社帰りに辺りを散策したのがきっかけだ。
今となっては過去の俺グッジョブ!とすら思う。
たまたま入った喫茶店にこんな人―――つまりは惚れた人と出会えるなんて。
その惚れた人が男だとか三十路(最初は高校生のアルバイトかと思った)だとか、それが何?って感じでこの俺が一目惚れ。
そんなこんなで以後頻繁に通いつめ、半年かからない内に立派な友人ポジションまで昇格。
さてさてここからどうやって沢村さんを落とそうか…と、穏やかな雰囲気の店内で一人不穏な考えを脳内に巡らせていると、カタンとカウンターが鳴った。


「はい」
「…はい?」
「俺のお手製カルボナーラ。ただし味の保証は無しな?」
「カルボナーラ?いや、俺頼んで…」
「奢りだって。いつも仕事頑張ってる御幸君に。気付いてないかもしれないけど、御幸君結構疲れ溜まってるぞ?」
「いや、でも……」

嘘だ。沢村さんが自分の為に作ってくれた物をこの俺が断るはずがない。
断ったのは日本人特有の謙遜の礼儀…というか猫被りのため。


「えー。あ、それとも俺の作った飯は食えないってか?」

悪ガキの様にニヤリと笑う沢村さんに、わざとらしくホールドアップをして首を振る。

「まさか」
「だったら?」
「負けましたよ。ありがたくいただきます」
「どーぞ!あ、ちなみにこれメニューには無いから、他のお客さんには内緒な?」


しーっ、と人差し指を口に当てイタズラ好きな子供の様な仕草はとても三十路とは思えない。
ちくしょー可愛いなコノヤロウ。
思わずニヤついた口元を手で覆えば大きな瞳がこちらを不審そうに覗き込んでいる。


「どーした御幸君?」
「いや…。嬉しいです、沢村さんが俺だけのために特別メニューを出してくれるなんて。いただきます」
「おう。………不味い?」
「普通は美味い?って聞くもんですよ。ちなみに普通に美味いです」
「マジ?サンキューな御幸君!」


あ、やべぇ。今凄く沢村さんの頭撫でてやりたい。
待て待て待て、まだこのタイミングじゃない。
浮きかけた左手をぐっと堪える。
ここまで築いてきた関係を台無しにするような愚行をしてたまるか。
脳内で緻密な計画立てをする一方で器用にもカルボナーラをちゃんと味わっていると、後ろから小さなベルが聞こえた。
コツコツと高いヒールの音を確認した途端御幸が顔を歪める。


「こんばんは」
「あ!いらっしゃいませ、また来てくれたんですね!」
「ええ。…あの…カウンター、いいかしら?」
「お好きな席にどーぞ」

女は二つ隣に座った。
座る瞬間目が合ったので適当に微笑んでおけば同じ様に返される。
そしてすぐ女の視線は背を向けて珈琲の用意をしている沢村さんへ。
ああもう、またかよと舌打ちしたい気持ちをなんとか抑える。
俺の気持ちになんか気付きもせずに珈琲を用意し終わった沢村さんと女が楽しげに言葉を交わす。
女の頬が嬉しげに上気しているのは決して珈琲の熱さなんかじゃない。

フォークを取るフリをして空になっていたカップに肘をぶつけた。



ガシャン。




「うわっ!す、すみません沢村さん、カップが……」
「あ、御幸君触らないで!指切るといけないから!」
「すみません、これ弁償…」
「いいっていいって。それよりほうきとちり取り持ってくるから、絶対触んなよ!」
「すみません…」

バタバタと奥の部屋に沢村さんが消えてゆくのを見届けてから回転式の椅子をくるりと横に向けた。
カップが割れたのにビックリしていたらしい女と目を合わせる。


「ねぇ」
「はい…?」
「アンタさ、沢村さんのこと好きでしょ?」
「えっ……!そ、そんなっ」
「見てたら分かるよ。このあいだもココ来てたもんね………諦めたら?」
「……え……?」


目を細めて言えば女がたじろいだ。
後一押し。とどめを刺すように笑みを深くして言う。


「だから、諦めたら?沢村さんは俺のモノだからさ」


口調は柔らかいのにさえざえと冷たい声で言い放たれた女が、震え出す。
あ、泣く。と思うより早く女は目に涙を浮かべ店を飛び出して行った。
ご丁寧にお代を忘れずカウンターに置いて行く辺り大したものだ。


「ごめん御幸君、破片片付けるからちょっと移動してもらえる?……って、あれ?」
「ああ、さっきのお客さんなら急用だって出て行きました」
「そっか…」


お代を指差して言えば、沢村さんはまだ残っている珈琲を見て少し残念そうな顔をしていた。
自分の仕業だというのにそれにさえ軽く嫉妬する。
細かいカップの破片まで丁寧に拾っている沢村さんを見つめながら隣に残された女の飲みかけを手にする。


「ねぇ、沢村さん」
「んー?」
「俺、ここの珈琲好きだよ」
「んだよいきなりー……ってあーっ!それさっきの人の飲みかけ!」
「はっはっは。沢村さんが珈琲残されて悲しそうな顔するからですよー。……ちなみに沢村さんも、ね」


好きですよ


「………え?」





あーあ、つい言っちゃった。まだこのタイミングじゃなかったのになぁ。
まあいっか、どうせ近い内に言うつもりだったし、と一人ひっそり笑う。
目を真ん丸に見開いた沢村さんの口から次にどんな言葉が出てくるのかを、御幸はゆったりと流れるジャズとは裏腹に急かす気持ちで待っていた。




(渇望イエス返答)
(震える口がゆっくり動いた)
(どうせなら、どうせならイエスと言ってくれ)




*****
二十代御幸×三十路沢村
三十路設定は置き去りに…あれ?
まさかの御幸ヤンデレとゆーかヤン:デレ=8:2

(かーなーり遅くなりましたが)
アラ様とかつお様に捧げます
お二方のみお持ち帰り可です






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