いっそのこと君に泣きついてしまいたい


昔から雨は嫌いだった。
雨が降る度に身体中の傷が痛み出す。
ナイフの切り傷、銃の銃創、その他多数の擦り傷や打ち身etc…。
「傷が痛むのは生きている証拠」だなんて良く言ったものだ。
小さい傷から大きな傷があちこち痛んでは自分の生を主張する。
その生はというと数々の屍の上に成り立っている。
せっかく忘れていたことを無理矢理えぐられ思い起こさせるような感覚。
それが嫌で仕方なかった。


「…うわ、最悪。降ってきやがった…」


手にしていた愛用のリボルバーが濡れないよう、そっとジャケットの内ポケットにしまう。
パーカーを被っているというのに、いつの間にか濡れた髪が首に頬に張り付いてうっとうしい。
どんよりとした辺りの空気が煩わしい。
立ち込める独特の火薬臭が鼻につく。
自分を囲む様に横たわる死体の数々から視界を塞ぎたくなった。
先程突然自分を狙ってきた者達が何者なのかなんて身元を調べなくても分かる。
ギリ、と口を歪ませれば鉄の味がじわりと広がった。
途端むせかえるような感覚にさいなまれる。なんて嫌な悪循環。
苦しさからか辛さからかは知らないが目頭がじんわりと熱くなる。
…ちくしょう。ちくしょう。

「……んでだよ……なんでだよ……っ!」

ダンッと鈍い音が狭い路地に響いた。
思いっきり壁に打ち付けた利腕が痛む。
多分擦れて血が滲んでいるだろう拳が僅かにジャリ、と音を立てた。
ちくしょう。

「なんで……っ」

なんでまた成宮が俺を追っている。
いつどこで俺がまだ生きていることがバレた。
どうしてまだ俺を追う必要がある。
成宮の元から奪ったデータは全てあの時成宮自身が俺から奪い返した。
奴の目的はそれだけだったハズなのに、なのに。

「……なん、で……」

なんでまた仕事以外で人を殺さなきゃいけない?
もう嫌だ。もう十分だ。
俺がこうして生きているのはこんなことをするためじゃなかったハズなのに。

「…ちくしょう…っ!」
「なーにが悔しいのか悲しいのか知らないけど、これ以上身体冷やすのは止めてくれない?
まだ完治した訳じゃないって分かってんだろ」

傷に響くぞ、と不意に後ろから傘をさされて反射的に振り返る。
こんなに至近距離にいた存在に気付かなかったことに内心驚いた。
が、表には出さず俺の頭上に傘を開いている御幸を見上げた。


「…俺の勝手だろ。アンタには関係ない」
「それが関係大有りなのよ。今お前を養っているのは俺だからな。
現在お前は俺の管轄下だってことを忘れんな。
…大体こんな雨の中部屋脱け出して何ドンパチかましてたんだよ?」
「………」
「おいおいシカトか?しゃーねぇなぁ、そっちがその気なら当ててやろうか。
……これ、鳴のトコの部下だろ」
「…っ!?何でっ!」

目覚めてから一度も自分の詳細を話したつもりはない。
どんなにしつこく迫られても決して口を割ることはなかった。
なのに何故御幸の口から成宮の名前が出てきた。

「今までお前にあまり干渉しないでいたが限界だな。
…お前、まだ追われてんだろ。どうして黙ってた」
「…アンタに話してどうなるんだよ!これは俺の問題なんだ。俺がどうにか」
「出来んの?こんなにフラフラなのに?こんなに泣きそうなのに?」
「………っ」

眼鏡越しの真剣な目が鋭く核心をつく。
いつもそうだ。この御幸という男は聞かれたくないことを承知であえて聞いてくる。
それこそ傷口をえぐられる感覚に近い。
しばらくして御幸は沈黙を決めこんだ俺に深く溜め息をついた。


「優しすぎんだよ、お前は。今まで良くこっちの世界で生きてこれたのが奇跡なくらいだ。
でもまぁ…仕方ないから当分はこの俺がお前を守ってやるよ。お前は俺の管轄下だしな」

御幸の言葉に大きく目を見張った。
今この男はなんと言った?
薄暗い雨空の下、表情は定かではないが口元が弧を描いているのを捉える。
ふざけたように明るいトーンで続ける。

「どうだ、いい話だろ?ただし完治したらしばらくは俺と組んでもらうけどな」
「組む、って…」
「働かざる者食うべからず。俺の仕事の手伝い、とゆーかパートナーをやってもらう。見たところ腕は立つみたいだからな」

チラリと目だけを動かして自分の足元に転がっている死体を御幸が捉えた。
知らず小さく息を飲む。

「アンタ…正気?」
「もちろん。俺はいつだって大真面目」
「……物好きなヤツ」
「よく言われるよ」

おどけたように笑う御幸につられて笑う。
しばらくして笑い声が段々と変わっていることに気付いた。
必死に声を堪えれば堪えるほど漏れる震えた声。



「しっかし雨止まないな。…これじゃ紛れて分かんないか」


何がどう分からないのかなんて聞きたくもなかった。
ただ頭を覆うように力強く胸元に引き寄せられ、止まらない身体の震えが、頬を伝う暖かさが御幸に伝わっているかもしれないことが気掛かりだった。





(いっそのこと君に泣きついてしまいたい)
(すがりつこうとした手を寸で止めてきつく握り締める)
(それができないから困っているんだ)







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