その声、紡ぐ ※一般人×ヴォーカル



きっかけは友人から貰った一枚のチケットだった。
何でも急用が入ったからライヴに行けなくなったらしいく、捨てるのも勿体無いから代わりに行かないかと言われ何となく受け取ってしまった。

(『ブラウ・シュトラーセ』?知らないな…)

元々バンドには一切縁が無かったので当然なのだが。
チケットを貰った帰り道に何となく携帯でスケジュールを確認してみればたまたまバイトも入っておらず、まあ暇潰しぐらいにはなるだろうと足を運んでみたら吃驚。
意外にも会場は人気が溢れていて結構名の知れたバンドであることを初めて知った。
そういえば友人がやたら気に入っているバンドだから急用が入ったことを悔やんでいたな…と思い出しつつ、会場の壁にもたれかかりながらぼんやり待っているといつの間にかライヴがスタート。
さてさてどんなメンツなのかと思えばマイクスタンドの前に立ったのは自分と同い年、あるいはそれ以下の少年。

(…え、マジで?只の餓鬼じゃねーか…)

それ以外のメンバーも大して変わらず、予想とは随分違っていた。
まあ女性客の割合が多いのは頷ける気がするが。
ヴォーカルがマイクに手をかけてメンバーを見回し、しっかりと頷いた。
見計らったようにドラムがステッキを鳴らして演奏スタート。
なるほど、確かに腕は良い。個々のレベルの高さが素人からしても窺える。
しかし何処かアンバランスなのは気のせいか?と思っていた、その時だった。

「時計の針が差した午前2時 探し物を探す夢を見た
 点滅する街灯 振り返れば歪んだ影が、ほら

 地に足つけてよどんだ空を一仰ぎ
 這上がる覚悟を探れ
 ピストル鳴らす目処と標的見据えたら
 駆け出すイメージ創れ

 崇高な理想より欲しいのは見合った現実
 用意された地図はその辺に破り捨ててきた
 これが正しいも間違いも無いだろ?
 スタートラインを敷くのが誰かぐらいは知っている」


(…すげ…)

会場いっぱいに広がる凛と澄んだ歌声がマイクを介して届く。
ただひたすら前を見つめるその目は何処までも真っ直ぐで、他人を惹き付ける輝きが窺えた。
アンバランスだと感じたのはこの「声」が足りなかったからか。
歌い手の実力だけではなく、回りの伴奏すらも引き出す声が加わって初めて曲が完成している。

(ははっ…面白ぇ…)

気付けばもたれていた身体を起こし、一心にひたすらヴォーカルの少年を見つめていた。
ポケットに突っ込んでいた指はいつの間にかリズムを刻んでいる。
次々と曲が移り行く最中、御幸はその声に、その歌い手に魅せられていた。




――あっという間にライヴが終わり、人の波が雪崩れる様に会場を後にしてゆく。
人混みは苦手じゃないが避けたいので、少し遠回りになるが会場の裏手の方を通る道を選ぶ。
一人道を歩きながらも未だ耳の奥を木霊するのはあの少年の歌声。

(また来るかな…後でチケットの入手方法聞き出すか)

なんて思いながらかけていた眼鏡を外し、慣れないライヴハウスのライトで若干痛みを生じ始めた眉間を押さえていると、カシャンと小さく足元で何かが落ちる音。
気付けば左手に持っていた眼鏡が無い。
視界最悪の中で目を凝らして探せば数m先に見えた黒の塊。

「うわ、最悪。眼鏡蹴っちゃったよ…。割れてるなよ、スペア無いんだからさ」

小さい溜め息一つ溢し、蹴っ飛ばした眼鏡を拾いに行く。
しかし両目とも視力が0.1を切っている上、乱視が入った裸眼では距離感が皆無な訳で。
黒渕の眼鏡を拾おうとしたが、数cm手前をかすっただけだった。
自分の余りの視力の悪さに苦笑しながらも再び手を伸ばした。
が、またしてもその手は宙を切っただけだった。
――と言うより、消えた。
何がって俺の眼鏡が。

「…あれ?」
「ほら、これだろ?アンタの眼鏡」

ずい、と目の前に現れたのは先程消えた眼鏡。
どうやら誰かが代わりに拾ってくれたらしい。拾ってくれたのは声からして少年か。

「あ、どーも」
「目が悪いと大変っスね」
「まぁね」

喧騒の少ない中、少年の声が凛と響く。
クスクスと小さく漏らした笑い声さえ耳に心地よい。
しかし何処かで聞いたことがある気がするのは気のせいか。

(ん?この声…ってまさか)

勢い良く顔を上げれば少年の顔がボヤけて見えた。
急いで手渡された眼鏡をかければ数分前に見た顔で。
只でさえ大きな目を更に丸くしている。驚きたいのはこっちの方だ。

「…え…もしかして、さっきのヴォーカル…?」

間違いない。先程までステージで必死に歌っていたあのヴォーカルが今俺の目の前にいる。
ポツリと呟いた俺の声を聞いた途端、目を丸くしていた少年が笑みを浮かべた。

「ライヴ見てくれてたんスか!?ありがとうございやす!」
「ああ。初めて来たけど、スゲー良かった。…良い声してるんだな、お前」
「へへ、そう言ってもらえると嬉しいっス!」

全身で嬉しいと訴えてくる少年につられて笑う。
さながら犬の様な姿に頭を撫でたくなる衝動に駆られるのをぐっと堪えた。

(なんつーか…可愛いヤツ)

同姓に使うのも可笑しいのかもしれないが、そう思うのだから仕方ない。
ふと少年を見ればじっとこちらを見つめていた。
余りにも真っ直ぐ見つめられるものだから一瞬たじろぐ。

「えーっと…何か俺の顔に付いてる?」
「えっ?ああ、いや、そうじゃなくて。なあ…アンタの名前聞いても良い?」
「一也だ。御幸一也」
「…ミユキカズヤ……よしっ!」
「よし?」
「んじゃっ!」
「……はいっ!?」

言うより早く少年が回れ右をして駆け出した。
自分とは違う黒髪が走る度に揺れるのが段々と遠くなる。

「オイオイ…アイツの名前聞いてないよ俺…」

その事に気付いた時には既に少年の姿は無く、ただただ見送った自分に頭を抱えた。

「もう二度とこんな機会は巡ってこないかもしれないのに、何見送ってんだよ俺…」

あーあ、と一人夜道を歩き出す。
切れかかった街灯の点滅した明かりはどことなくライヴハウスを彷彿とさせた。
あの歌声と先程の声が耳の中で木霊する。

(また会いてーな………ん?これってもしかしなくても一目惚れってヤツ?)

この俺が?しかも男?と軽く自分に驚きつつも、それが苦笑に変わる頃には御幸の手は携帯の住所録を引き出していた。
勿論、次のチケットの入手方法を聞き出す為に。




それぞれが各々の楽器のチューニングをしている中、自分の声が楽器となる沢村は一人新譜を眺めていた。
自分のパートを死ぬ気で頭に叩き込もうとする。
するのだが3分ともたない。
後ろから「ヒャハ。カップ麺も出来やしねぇ」と聞こえたのにムッとした。
仕方ないだろ、楽譜だけで曲を覚えるのは苦手なのだから。
楽譜よりも皆の伴奏で曲を叩き込む方がずっと良い。
ごろんと寝返りを打ち、「あ」と思い出した様に呟いた。

「クリス先輩ー、倉持先輩ー」
「あん?」
「なんだ沢村?」
「春っちぃー、降谷ぁー」
「どうしたの栄純君?」
「…何?」
「実は……新しくスカウトしたいヤツが出来た!」

子供の様に目を輝かせてとんでもないことを言い出した沢村に、チューニングをしていた全力の手が止まった。
だがそれは決して沢村の発言を冗談として受け取ったからではない。
…むしろその逆だ。

「ヒャハ…マジかよ!」
「マジっスよー。昨日ライヴ見に来てくれてた人っス」
「へぇ、楽しみだなぁ。なんたって栄純君のスカウトだもん。ね?降谷君」
「…僕のパートを譲る気はないから」
「…それで、新メンバーの名前は?」

クリスの言葉に全員が注目する。待っていましたと言わんばかりに沢村が勢い良く起き上がった。



「『ミユキカズヤ』…きっとスゲー戦力になりやすよ!」



勝ち誇った様に断言した沢村の言葉がそう遠くない内に実現することを、メンバー全員が確信していた。





(その声、紡ぐ)
(ところで連絡先は聞いたのか?)
(何の楽器をしてるの?)
(そもそも楽器出来んのかよ?)
(…あ)
((((…またか…))))




*****
パラレルアンケート第二段、「一般人×ヴォーカル」でした。
でしたのだが、御幸があまり追っかけてない…
ちなみにバンドのメンバーは元々全員素人なのに沢村がスカウトしたという裏設定が有ります。
沢村もド素人かなー。
沢村と降谷なんて楽譜すら読めないところからスタートしていればいい^^





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