2ndキーパーソン


「それじゃあ今日はここまで」
「お疲れ様っス、亮さん。…今日も今日で相変わらず…」
「相変わらず、何?」
「…いや、相変わらず素晴らしい指導だったっスよ」

鬼の様な指導でした、と言いかけた言葉を無理矢理飲み込む。
最後の言葉はほとんど声にしていなかったと言うのに、これが地獄耳というものか…と冷や汗を流した。
彼の指導は確かに的確なのだが、如何せん必要以上の労力を要する。
あの小柄な体型からどうやってあれほどの肺活量が生まれるのか。
倉持は不思議に思いつつ、そのまま顔を上げる事なく片付けにとりかかった。
何でかって?
そりゃ今顔を上げれば間違いなく亮さんのおぞましい笑顔にぶつかるからだ。
メデューサが目を合わせただけで人を石に出来るのなら、彼の笑顔は人を殺せるだろう。いや本当。


「初回にしてはまずまずの出来だったね」
「そっスね。初めてにしては音もあってましたし。今度はいつ自主練します?明日でも予定空いてますか?」
「いや…、いや」

亮介にしては珍しく歯切れの悪い返事にうつ向いたままだった顔を上げた。
見れば丁度こちらに背を向ける形で片付けをしているため顔は見えない。

「…何かあるんスか?」
「悪いけど当分自主練は無理かもしれない。コンクールの練習は授業中がメインになるかもしれないな。
……それに明日は先約がいる」
「先約?」
「そ。…困ったことにね」

とんとん、と新譜を揃える音が聞こえた。
いつもより片付けが早いのは気のせいか。

「俺は構わないっスよ。今回は結構時間ありますし」
「そう言ってもらえると助かるよ。……じゃあ先に失礼するけど、ここの鍵を任せても良い?」
「はい。お疲れ様でした」
「お疲れ様」



扉が閉まり足音が遠のく間、倉持はひたすら彼が出て行った方向を見つめていた。
そして足音が完全に聞こえなくなると同時にニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

「先約、ね……ヒャハ!困ったと言ってるわりにはえらく上機嫌だろ。…こりゃ哲さんや純さん達じゃねぇな」

ほったらかしにしていた自分の分の新譜を片付けながら呟く。
どうやらクリスと同じ様に亮介にもお気に入りの誰かが入学してきたらしい。
そう断言出来るのは今まで亮介のあんな顔を見たことがないからだ。
……「お疲れ様」と言いつつ少しだけこちらを振り向いた時にかすかに見せた、嬉しそうな顔。
あんな亮介は見たことがない。



「これでもう一人会ってみたい奴が増えたな」



ドアノブに差し込んだ鍵を回して引き抜き、倉持は当分放課後は使わなくなるであろう練習室を後にした。




 
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