待ち人モノローグ


いやぁ、もう日が暮れかけてるってのに暑い暑い。
温暖化の影響ってやつ?只でさえ大荷物だってのにもう汗ダラダラ。

…ああ、別に怪しい者じゃないから。大丈夫。ちょっと人を待ってるだけ。
あ、このキャリーは別に気にしないで。人を待ってるだけだからさ。
人って言ってもちゃんとした知り合いだから。
いや本当。だから怪しい者じゃないって。


その待ち人ってのは高校の部活の後輩なんだけど。あ、部活は野球ね。
一つ下の後輩なんだけど…まあ所謂恋人だった奴。
確か付き合い始めたのも別れたのも今日みたいな暑い日だったな。
その恋人はそりゃもう馬鹿みたいに真っ直ぐで、まあ実際馬鹿で。
でも誰よりもエースになりたくて努力してて。
そんな餓鬼に不覚にも惚れたんだよ。この俺がだぜ?笑えるよな。
でもこれが笑えないくらい真剣に惚れてたんだよ。
で、そんな馬鹿を手に入れたくて必死になって…多少ズルイ手を使ってでも。
時々周りの部員から妨害食らいつつも奇跡的にOK貰えてさ。
でも俺達があの場にいたのは野球をする為、それだけな訳で。
恋愛なんて持ち込む隙なんて初めから無かった。
無いと分かって付き合ってたけど、やっぱり限界が来ちゃって。
俺はキャッチャーでアイツはピッチャー。
それ以上でも以下でも駄目なんだって時を重ねるごとにどちらともなく気付き始めてた。
ほら、喧嘩した次の日に試合でバッテリー組んだ所で良い結果が残せる筈も無いだろ?
…まあそこはお互いの意地で何度となくくぐりぬけては来れたけど。
それでも限界はあって…確か、そう。
俺の最後の甲子園を控えた少し前に向こうから「別れよう」って言われた。
「このままじゃ絶対勝てない。二人して駄目になりたくない」って。
…あの泣き虫が必死で泣くの堪えながら、さ。
薄々気付いてたし、向こうが切り出さなかったら多分俺が切り出してたと思うけど。
それくらいお互い依存してた。しすぎてた。
それが強さになる反面、弱さにもなるって分かってたから。
アイツには後一年有っても、俺は最後だから。
きっと別れて、完璧に一人のピッチャーとキャッチャーとしてマウンドに立ちたかったんだと思う。
そうして甲子園行くのがベストだって。
分かってたからアイツが折角堪えてる涙が流れるまえに承諾したさ。
正直別れることでもお互い駄目になる可能性はあったけど。
危険な賭けってやつ?


…まあ結果その賭けは成功。
気持ちで投げるタイプのアイツが一気に崩れなきゃ良いけど、なんて心配してたのが馬鹿みたいに絶好調で。
改めてアイツの強さ知ってさ。
一年分の成長って凄いって一番傍で見てた筈の俺がビックリ。
お陰で見事甲子園行けたくらい。マウンドの上以外でも普段通りで、これが俺達のあるべき姿だったんだって気付かされた。


そっからは早かった。
いつの間にか卒業迎えようとしてて気付けばドラフト指名なんか受けちゃって。
正直甲子園から卒業までの記憶がほとんど皆無なんだわ、これが。
甲子園終わったらそんなもんなのかな、とも思ったけどそうじゃなくて。
これからはマウンドの先にアイツはいないってことが想像つかなくて。
でもいざ卒業となると一気にアイツと気まずくなっちゃって。
…はは、意外と俺って小心者だろ?
可笑しいよな、別れてからなんとも無かったのにアイツの口から「卒業おめでとうございます」の一言がどうしても聞きたくなかった。
俺はアイツの球をもう捕れなくて、アイツはもう俺に向かって球を投げない。
その事実をアイツから叩き付けられるのがどうしても嫌だった。
だからどうしたと思う?
…行ったんだわ、メジャーに。ドラフト指名全て蹴ってよ?
そうすりゃ卒業迎える前にアメリカに行けるから。
…つまりは逃げたんだよ、アイツから。


そうして丸一年。
正直いきなりのメジャーでやっていける自信なんて無かったけど、今では通用するレベルになれた。
本当、良い経験ばっかり出来たから後悔することも無かった。
チャンスに恵まれてたお陰で成功出来て継続契約の話も貰えた。
プロ野球やってる同期とゆーか悪友に「お前がそこまで成り上がれたのは奇跡だ」って言われたくらい。
なんだか日本でもえらく有名になったらしい。
このままお前ならメジャーでやっていけるって大勢から言われたさ。
勿論俺もそのつもりだった。
たまたまパソコンで日本のドラフト指名なんか見なきゃな。


…ビックリしたよ。だってアイツの名前があったから。
後から聞いたらエースナンバーは背負えなかったらしいけど、青道の裏エースとして名を連ねてたくらいに成長してたって。
鳴が高校野球にいない今、関東No.1サウスポーになったって。
…ニュース見た瞬間、もう一度アイツの球を受けたいって思った。
もう一度アイツとマウンドに向かい合いたいって。
その為ならどんなラブコールも契約も蹴れるって。
そこに恋愛感情は残って無かったと言えば嘘になる。
だって気付いたからさ。
「アイツの球を受けたい」って気持ちと「アイツが好きだ」って気持ちは切り離す様なもんじゃないって。
どちらか一つ、なんて考えるのが間違ってた。
これが一年掛けてようやく見つけた答え。
確かにメジャーは良い経験になった。
でもそれが俺のやりたい野球か?って聞かれたら違うんだよ。
俺が本当にやりたかった野球はマウンドの向こうにアイツが自信満々で笑ってる姿がある野球だったんだよ。
そのアイツが好きだからと言って俺が駄目になることなんて無かった。


…で、答え見つけたらそりゃ報告に行かなきゃだろ?
だから本当に契約蹴ってきたって訳。俺凄くね?
いや、だってアメリカにいる理由が無くなった訳だからさ。
そこからは早かった。
急遽プロ球団に売り込みしたら即OK貰えてしかも一軍。
メジャーの経歴は伊達じゃないわ。
本当はまだアメリカにいて良かったんだけど直ぐ様日本に直行。
だから今俺でっかいキャリー持ってるって訳。


…だから別に怪しい者じゃないんだって。
ただここで人を待ってるだけだからさ。
ほら、一年の頃から決まってこのコースを走ること知ってるから待ち伏せしてるだけなんだよ。
ここ一本道だから確実に会えると思って。
まあ走る時間なんて賭けだけど。
案外待たずに済んだわ。やっぱ俺恵まれてる。
今度入る球団アイツと同じ所だしな。


…ったく、そういう所全く変わってないな。
ああほら、そんなに目を擦るなって。俺みたいに視力悪くなるぞ?
…うん、うん。悪かったよ何も言わずに消えちゃって、さ…。
だからここに来たんだよ。待ってるんだよ、待ってたんだよずっと。
相変わらずで良かった。
正直まだこのコース走ってるのかすら賭けだったから。
な?やっぱり俺恵まれてんだろ?
…ああ、そうだよ。お前を待ってたんだよ、沢村。
ずっと一人にして悪かった。でももう大丈夫。
もう絶対お前から逃げたりしねぇよ。
だから改めて言わせてくれ。





…卒業おめでとう沢村。
俺ともう一回付き合ってくれませんか?






(待ち人モノローグ)








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -