聖夜鐘の音が響く頃 24日  ※サンタクロースパラレル



降り頻る雪を仰ぎ、一つ息をつけば白い息が浮かんで消えた。
一歩前に踏み出せば雪独特の感触が両足に伝わる。さくり、さくり。
自然と頬が緩むのを感じた。今年は五年ぶりのホワイトクリスマス。
街を見下ろせば人々が楽しげにそれぞれの夜を過ごしている。
毎年この笑顔を見るのが楽しみにしている自分にとって、それは何より仕事にやる気をもたらしてくれる。

出勤時間の午後12時まで後1時間。
そろそろ指定区に行かなきゃ…と更に一歩踏み出した刹那。
「…うおっ!?」ガクンと屋根から踏み外した右足が滑り落ち、周りの雪が根こそぎ落下してゆく。
その後を追うように重力に逆らう事なくぐらりと身体が傾いたのが分かった。




「あーあ、雪降ってきやがった…ホワイトクリスマスもこっちにしてみればいい営業妨害だよなぁ…」

イルミネーションが映える賑やかな街並みの中、漆黒で身を包んだ青年だけが異様に周りと浮いている。
しかし行き交う人々は一度たりとも青年に目を向けることはない。

「仕事まで後1時間、ね…相変わらず暇だわ」

くぁ、と呑気に欠伸をすれば白い息に変わる。
それをぼんやりと眺めながら手にしていたリストに目を落とした、その時だった。


「うわぁぁぁあ!そこ退いてくれぇぇぇえ!!」
「は?……がはっ!?」

何事だと反射的に上を見上げたのが間違いだった。
刹那、雪が全身に降りかかり、時間差で雪以上の質量を持つ何かが落ちてきた。
そして最後にバラバラと何かが一斉に崩れる音。

「〜〜〜〜っ!」
「いっつー………ってうわ!だだだ大丈夫っスか!?」
「…大丈夫と思うなら退いてくれね…?」
「す、すんませんっ!」

突然の衝撃に下敷きになっていなかった右手で頭を押さえる。
咄嗟に受け身を取って助かった、と安堵をつけば上から降り注いだ幾分幼さを残した声。
瞬時に落ちて来たのが人でであることを理解する。しかも『こちら側』の人間ときた。

「聞かねー声だな。…お前、赤サンタか?」
「うす。そういうアンタは黒サンタなんだな…って、アンタ俺の服見えないの?」
「生憎ぼんやりとしかな。お前が落ちて来たせいで眼鏡紛失したもん」
「…なっ!?うわわ、ちょ…俺探すから待ってろ!」

言うより早く赤サンタが落ちてきた雪をかき分け出す。
頭に被った雪を払い落とし、ただそれを呆然と眺めていた。


――12月24日。世間一般ではクリスマスイブと呼ばれる聖なる夜にサンタクロースがプレゼントを届けるのは誰もが知っている夢物語。
しかしそれは幾つか間違いを含んでいる。
一つ目はサンタクロースは夢物語ではなく、ちゃんと存在していること。
二つ目は空飛ぶトナカイの存在が夢物語なこと。
三つ目はサンタクロースは複数おり、各自担当地区があること。
そして四つ目はサンタクロースは一種類ではないこと。

サンタクロースには赤と黒の二種類がいて、通称赤サンタは誰もが知る子供にプレゼントを届ける有名なサンタ。一方こちらは世に知られていない、所謂悪い子に仕置をする赤サンタの裏を引き受ける黒サンタ。
その対な存在は同じ日に仕事を行うとは言え、ほとんど接点が無い。
どちらかと言えば仕事柄互いが互いを忌み嫌っている節さえあるくらいだ。
だから今目の前で種族の異なる少年がこうも親しげに接している事実に目を丸くしていた。


「…あ、あったあった!これだろ?」
「…どーも」

差し出された黒色の眼鏡を受け取ろうと手を差し出すと、ヒヤリとした感覚が伝わった。
まさかと思って急ぎ眼鏡を掛けて赤サンタを見てみれば、案の定その手は赤くなっている。

「ばっ…お前素手で雪の中に手を突っ込んだのか!?手袋はどうした!?」
「へ?…あ、仕事前だからまだつけてなかった…」

ほら、と赤いサンタ服の中から手袋を取り出す赤サンタを見て深く溜め息をつく。

「…お前馬鹿だろ」
「なっ!?バカって何だよバカって!」
「手は大切な商売道具だぞ?それなのに雪を素手で触りやがって…」
「し、仕方ないだろ咄嗟だったんだから!…それにアンタの眼鏡なくしたの俺のせいだったから」

俺が探さなきゃだろ?と笑った赤サンタの顔を初めてまじまじと見る。
へへ、とどこか得意気な笑顔を真っ直ぐ自分に向ける赤サンタはそれこそクリスマスにプレゼントを貰う純粋な少年そのもので。
思わず笑ってしまえば「んだよ失礼な奴!」と罵倒が返ってきて今度は腹を抱えて笑ってしまった。

「ちょ…何がそんなに可笑しいんだよ!」
「いやぁ…悪い悪い。随分変わってんなぁって思ってさ。ほら、俺達黒サンタってお前ら赤サンタに嫌われてるだろ?」
「けっ。生憎普通なんて知らねーもん。つーか嫌われてんのはこっちも同じだって聞いたぞ」
「はっはっは、面白いなお前。気に入った。名前は?」
「沢村栄純。見ての通り赤サンタやってる。アンタは?」
「御幸一也。見ての通り黒サンタだ」
「みゆき…?…どっかで聞いたことあるよーな…」
「コラコラ人の名前を勝手に平仮名変換してんじゃねーよ。御幸だ御幸」
「うー…思い出せねぇ…」
「ところで沢村」
「ん?」
「俺の眼鏡は拾っておいて、この散らばったプレゼント達は拾わなくて良いのか?」

ほれ、と一番近くに散らばっていた綺麗に包装されたプレゼントを一つ指差せば、それを追うように沢村の目線がそれを捉えた。
自分の言葉と視界に捉えたプレゼントをようやく認識し処理し終えた途端、みるみる内に真っ青になってくる様子が面白い。

「ぎゃぁぁぁ!大切なプレゼントがぁぁぁ!!」
「いやぁ、何かバラバラと落ちてきた音がしたと思ったらプレゼントだったんだな」
「気付いてたなら早く言えバカーっ!」

涙目になりながらプレゼントを拾っては袋に詰める沢村を見て、仕方ないなぁと呟きながらも手伝う。

「ほら、これで全部だろ?」
「サンキュー…よ、良かったぁ…どれも無事だ…!」
「下に雪が積もってたのが幸いしたな。コンクリだったら今頃ぺしゃんこだったぞ」
「…止めて考えたくもねぇ」
「しっかし大変だな赤サンタは。毎年そんなに重たい物を運ばなきゃいけないのか」
「まあな。でも俺はまだマシな方。担当地区によっちゃこの倍の量届けなきゃいけないし。ま、それが俺らの仕事だから。それにやりがいあるし!」
「やりがい?」
「一人一人にプレゼント届けて、明日の朝皆がプレゼントを開けて喜んでるのをそこの時計台から見て帰るのが好きなんだ」

そう言って沢村が見上げたのはこの街で一番高い建物の時計台。
頬を染めて嬉しそうに笑っている沢村にとってサンタの仕事は正に天職らしい。

「お前らしいな」
「良く言われる。…そっちは手ぶらなのか?」
「そ。このリストくらい。赤サンタと違って届けるのはお仕置きだからな」
「あのさ、前から気になってたんだけど…そのお仕置きって何なんだ?」

大きな瞳が覗き込む様に見つめてくる。その真っ直ぐな視線に思わず言葉に詰まった。

(オイオイ知らないのかよ…こいつ本当にサンタ?……まあ教えても良いけど、さ)

その瞳をわざわざ汚す様なことは極力避けたい。
例え意味嫌われる黒サンタであろうとそう願う気持ちは赤サンタと変わりない。
まあこいつサンタなんだけど、と苦笑しつつまだ雪が軽く被っている頭をわしゃわしゃと撫でる。

「お前は悪い子じゃないから知らなくていーの。ただまぁ…楽じゃないな」
「悪い子じゃないって、俺サンタなんですけど…」
「はっはっは」




他愛のない会話をしていると、突然街中に鐘の音が響き渡った。
二人して時計台を見上げれば時計の針が12時を指している。

「げっ、もうこんな時間!?そろそろ行かなきゃ」
「俺もそろそろ仕事開始だな。さてと、いっちょ頑張りますか」
「なあ御幸!」
「ん?」
「また会える?」
「そうだなー……そうだな。お前が良い子だったらな」
「何だよそれ!お前の管轄は悪い子なんだろー?」
「いーんです。たまには良い子を担当してみたいの。さすがの黒サンタも悪い子だけだと気が滅入っちまうんですー」

んだよ訳分かんねー、と笑いながら沢村の身長より大きな袋を軽々とからい一歩後ろに飛んだ。
重力を感じさせずふわりと宙に舞う姿はまさしく誰もが夢見るサンタクロースそのもので。

「MerryX'mas!良い夜を!」
「MerryX'mas。今年は良いクリスマスを迎えられそうだよ」

一瞬こちらを振り返ったかと思った途端姿を消した沢村の後を追うように、御幸もまた静かに姿を消した。




(聖夜鐘の音が響く頃)






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