その全てに執着する ※後輩×先輩
柔軟な関節によりギリギリまでボールの出ところを悟らせぬまま左腕が振り抜かれた。
途端現れる一筋の軌道。バッターの手元で動き回る先輩の球はいつだって構えている場所から僅かにズレる。
向こうがミットに収めようとするのではなく、こちらがミットに収めようとしなければならないぐらいの暴れ球。
――こんな面白い球、他に知らない。
ただでさえ常に試合を読みつつピッチャーを動かさなければならないポジションの中で、この先輩とのイニングにのみ追加される新たなスリル。
ほら、少しでも気を緩めればミットから逃げ出そうとする。
その軌道を予測して捕れば青空にパァンと響く音。
自然と上がる口角を隠す事なく18.44m先を見れば、自分以上に笑う眩しい先輩が目に入った。
「珍しく球走ってますね、沢村先輩」
「なっ…!オイコラ御幸珍しいって何だよ、珍しいって!?」
「はっはっは。そのまんまの意味ですよ」
「…本当だから仕方ないよ」
「なっ…お前はさっさとバッティング行ってこい降谷!」
「………(つーん)」
「シカトすんな!」
「ほらほら沢村先輩?早く投げて下さーい」
「ちくしょー可愛くねー後輩っ!」
口を尖らせて拗ねる姿は自分より2つも上だと思えないくらい子供の様で。
(あんたが可愛すぎるんだよ)
言葉にすることなく再びミットを構える。
「次、4シームでインコースに」
「おー。…ところで何で今日は御幸なんだ?クリスは?」
「クリス先輩なら監督の所ですよ」
「そっか…また肩のことじゃねーと良いけど」
(何だよ、その残念そうな顔…)
青道実の正捕手は自分だがクリス先輩は先輩専用の正捕手みたいなもの。
だから先輩が残念そうにするのは分かる、分かるが…
(今目の前にいてミット構えてんのは、俺だろ?)
そんなこちらの気持ちにみじんも気付く事なくインコースに放り込まれた球は微妙にいつもの球とは違う。
この時ばかりは気持ちで投げるタイプであることを軽く恨む。
「…沢村先輩」
「ん?」
ゆっくり立ち上がり、先輩めがけていつもより強く投げ返せばバンッと鈍い音がブルペンに響いた。
明らかに捕手が投手に投げ返す球の音ではなく、受けた本人が目を丸くしている。そりゃそうか。
「み、御幸…?」
「俺のミットだけを見て下さい」
我ながら餓鬼じみてるとは思うが仕方ないだろ?
いつだって心からの球を受けたいのは捕手の性みたいなもの。
例え練習投球だろうが関係無い。
しばらくポカンとしていた先輩が突然笑い出して今度はこちらが目を丸くした。
「…えーっと、沢村先輩?」
「いや…わりーわりー。御幸も可愛いとこあるなーって思ったら、さ…!」
笑えてきちゃって、と言いつつ本格的に腹を抱えて笑いだした先輩にデットボール食らわせてやろうかなんて軽く不穏な考えを浮かばせる。
人の気も知らないで。
「可愛いって先輩…」
「わりーわりー。…うん、悪かった、御幸。ありがとな、ちゃんと投げなきゃお前に悪いよな」
少々バツの悪い顔を向けた後、深く深呼吸をするのを見てそっと礼を呟く。
「よし!もう一回4シームでインコースいくぞ!」
「いや…それ俺が決めることなんですけど…」
「良いから早く構えろって!…次はぜってー御幸しか見ねぇからさ!」
ビシッと人差し指を向けて真っ直ぐ見つめてきた先輩に、思わずドキリとした。
にっと笑った姿が日差しに照らされて眩しい。
(…ああもう、この人は無意識になんつー爆弾投下するんだよ…)
「御幸のミット」ではなく「御幸」自身しか見ないだなんて、どんな口説き文句だよ。
18.44m先を見据えて構えれば、真剣そのものの目を向ける先輩がいた。
心なしか「投手の顔」として笑っている先輩につられてこちらも自然と口角が上がる。
試合同然の緊張感の中、土を蹴り上げ振りかぶった左腕が球を放たれるクロスファイヤー。
時間差で響いた音はどこまでも澄んでいて、先輩が気持ちで投げるタイプであることを喜ばしく思った。
「ヒャハ。お前ってば執着しすぎじゃね?」
バッティング練習に呼ばれ一足先にブルペンを去った先輩と入れ替わりに降ってきた声に振り返れば、倉持が人の悪そうな顔で立っていた。
「…は?」
「は?じゃねーよ!沢村先輩だっての!…ったく、あんなえげつねー球投げといて…仮にも投手だろ」
「仮にもってお前…」
言うほど強く投げたつもりはなかったのだが、端から見ればどっからどう見ても本気で投げた球に映っていたらしい。
「…後で謝んなきゃかな…」
「仮にも先輩だからな。…しかしテメーがあそこまでだとはな。どっちかっつーとキャッチャーにしてみりゃ降谷先輩の球の方が捕り甲斐あんじゃねーの?」
「いやいや。どっちも捕ってて面白いから」
「そんなもんか?」
「そんなもんだろ」
未だミットに収まったままの白球を取り外す。
土で若干汚れたそれは手にしっかりと馴染む。
「分っかんねー。言っちゃ悪いがそんなに凄い球にゃ見えないぜ?」
「はっはっは。だからビデオ攻略されにくいんだよ、あの人の球は。ま、一度バッターボックスに入ってみりゃ分かんだろ」
「…何でテメーが誇らし気に笑ってんだ」
余計分からんといぶかしげに睨まれたが笑ってかわせば、今度は深い溜め息を一つつかれた。
「オイコラ御幸、一つ聞く…その執着は沢村先輩の球へか?それとも先輩自身へか?」
手にしていた今日一番の先輩の球が投げられたボールを右手で軽く投げては掴む。
倉持と目を合わせる事なく宙に浮かんだそれを目で追う。
「そりゃあ勿論」
言いながら空中に浮かんだボールをパシッと音をたてて掴み、今度は真っ正面からにかっと笑ってみせる。
「両方だけど?」
悪いがどちらか一つしか選ばない様な謙遜的な性格はしていない。
「こればっかりはテメーみたいなのに好かれた沢村先輩に同情するわ」と去り際にかけられた言葉はとりあえず聞こえないフリをした。
(その全てに執着する)
(執着だけで終わらせる気はないけれど)
(覚悟して下さいね、先輩?)
*****
アンケートぶっち切り第1位の「後輩×先輩」です。
むしろ「後輩→先輩」な気がする…御→沢が好物なのが丸分かり。
後輩×先輩ということで栄純をちょっと大人しめにし、御幸がちょっと精神的に幼…くならなかったぞ特に後半^^
楽しかったです。主に私が。
設定は投票理由を参考にさせてもらいました。
しかし上手く活かせていないという現実。ううっ…!
畜生需要が有ればリベンジしたい所存。
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