個人的指揮者事情



「いや、悪かった悪かった。まさかそう切り返してくるとは思わなかったからさ…本当、面白いわお前」
「…詫びてるよーに見えねぇ…」
「はっはっは。だから俺先輩な?」
「詫びてるように見えません御幸先輩」
「…驚かせてすまなかったな、沢村」
「いえ!クリス先輩が謝ることじゃないっスから!」


自分相手とは対照的にクリスに目を輝かせる噂の新入生を改めて見据えた。
どうやら沢村と言うらしい新入生はその言動も顔立ちも多少幼いが、先程弾いていた彼のピアノの音は確かだ。
普通では出せない柔らかい独特な音は噂になるだけはある。
しかし…まだまだ粗いし、足りない。
これから彼にピアニストとして要求されるものは生まれながらの才能だけでカバーするのに限界がある。
先程の曲を聞いてすぐに分かった。
絶対的に沢村に足りないのは「指揮されること」だ。
自由に好きな様に弾いてきた者にとって誰かに指揮されることに慣れていない。
指揮者あってのピアニストにとってそれは致命傷となりうる。
慣れなければこの先沢村が潰れてしまうのは目に見えていた。

(…だったらそれを今から叩き込んだら、どうなる?)

知らず口角が上がった。
恐らく沢村の努力次第であの独特の音は更に磨きがかかるだろう。
原石がどこまで変われるか…。
クリスがここまで沢村を気に入っている理由の一つはこれか、と目を細めてクリスを見た。
やはり互いに「指揮者」であるらしい。



「…で、改めてお前の名前聞いても良い?」
「沢村っス。沢村栄純」
「んじゃこれから宜しくな、沢村」
「…宜しくお願いしやす」
「コラコラあからさまに嫌な顔してんじゃねーよ。ま、いいや。早速だけどお前ピアノ協奏曲とか弾ける?」
「……はい?」

急な話の展開についていけてないであろう沢村が目を丸くした。
その隣ではクリスが眉をひそめてこちらを見ている。

「いきなり何を言ってるんだ、御幸」
「あ、クリス先輩に言ってませんでしたっけ?俺、次の大学内コンクールがピアノとのペアなんですよ」
「いや…聞いてないが」
「そうでしたっけ?…で、そのペアを明日中に決めなきゃなんですけどなかなか決まらなくてですね」

こんな性格ですから、と軽く一笑すればクリスの表情が僅かに変化した。
クリスに向かい合っていた体をくるりと沢村に向け、大きな瞳を覗き込む。
未だ状況を理解していない後輩に決定打を叩きつけるため口を開く。




「だから宜しく頼むぜ、相棒?」




「……は……?はぁぁあああ!!??」

さてさてこれからこの原石をどうやって磨き上げようか。
絶叫した沢村と対照的に御幸は心底楽しそうに微笑んだ。
やっぱり自分は根っからの指揮者らしい。




 
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