不協和音インプレッション
ペダルを踏み、ゆっくりと離せば余韻を残しつつ静かに音が消えた。
んーっと背伸びをして一仰ぎ。
「にしてもクリス先輩遅いな…何かあったのか?」
思い出した様にポケットから携帯を取り出すも連絡は入っていない。
段々心細くはなるがクリス先輩が待ち合わせをすっぽかす筈がないと数回かぶりをし、再び鍵盤の上に両手をかざせば両手の指に伝わるひんやりとした感覚。
そして一呼吸。
「随分楽しそうに弾くんだな、お前」
ジャジャーンッ
「ほぎゃぁぁあ!!??」
ビックゥッ!と思いっきり肩が跳ね、思わず鍵盤を叩いてしまった。
大音量の不協和音のせいで更に肩が跳ねた。
バクバクと煩い心臓を押さえつつ、勢い良く声のした背後を振り向けば何やら人当たりのよさそうな笑みを浮かべた知らないヤツが立っている。
光で反射していた眼鏡越しに見えた切長の綺麗な瞳。
恰好良いとはこういう人を指すのかな…なんて幾分的外れな思考がよぎった。
しかしそれも次に見せた笑みで一瞬にして消える。
「おー、良いリアクション♪」
にかっ、と見せたのは人当たりのよさそうな顔…ではなく明らかに面白がっている顔で。
「だ、だだ…っ、誰だよアンタっ!?」
「アンタじゃなくて先輩ね、俺。にしてもえらく面白い弾き方すんだな…なあ、もっかい弾いてくんね?」
「だから誰だよ!?」
「まぁまぁ落ち着けって。クリス先輩の後輩って言えば話聞いてくれる?」
「…クリス先輩の?」
噛みつく様に吠えていたのをぐっ、と堪える。
信じたくはないが、どうやら本当にクリス先輩とは知り合いらしい。
「お。大人しくなった」
「…クリス先輩は?」
「もうすぐ着くぜ。途中まで一緒に来てたからな」
「そう…っスか」
何が悲しくてこの胡散臭そうな笑みを貼り付けてる先輩に敬語を使わなきゃならないんだ。
つーか何でクリス先輩より先にここに来たのか。
そもそも誰なんだよ、コイツ。
「お前考えが顔に出すぎ」
「へっ!?」
「ま、お望み通り自己紹介くらいはしなきゃな。俺は指揮科2年の御幸一也。クリス先輩の一つ下に当たる。
クリス先輩より先にここに来たのはお前のピアノが聞こえてきたから。で……」
「さっきの、何て曲?」
てっきり自分の名前を聞かれると思っていたので、余りに予想外な問いに思わずポカンと口を開けたまま静止。
二の句が告げないとはこのことらしい。
初対面の奴に名前じゃなくて曲名聞く奴がいるかよ?
訳が分からず突拍子もない問いにフリーズした頭を何とかフル回転させる。
しかし即興で弾いた曲に曲名などある筈も無く、「…『俺の曲』?」と答えたらツボったらしい御幸一也が今度は腹を抱えて笑い出した。
更に訳が分からず再びフリーズした俺となかなか笑いが収まらない御幸一也を見て、
遅れて入って来たクリス先輩はドアノブに手をかけたまま俺達二人を交互に見て呆然と立ち尽くしていた。
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