名も無き曲とピアニスト


「少し遅れたな…」
「待ち合わせしてたんですか?」
「ああ。二階の教室でな」

白を基調とした階段に二人分の足音が響く。
本館とは別棟の西側の棟は普段使われることはあまりなく、主に生徒の自主練習用として機能していた。
それゆえ常に人気は少なく、まして今日は入学式とあって妙な静けさが漂っていた。

「…迷ってないと良いんだが」
「はっはっは、何だか保護者みたいですよ」

階段を上りきれば長い廊下が広がる。ピアノ室は確かこの廊下を右折してすぐ。
さてさてクリス先輩のお気に入りを拝見しますか、と一歩踏み出した不意に足が止まった。

軽快なリズムがふわり、と流れる様に耳に届いた。
何処までも優しく暖かいピアノの音色に合わせて風が髪を撫でる。
時折迷う様な音が入っている。
楽曲にはない、恐らくオリジナル曲だろうがその迷いさえ妙に曲をより良いものへとしている。
今まで聴いたことのない不思議な―――例えるならば「生きている」音。

(ははっ…面白い)

自然と上がる口角を抑え、そっと隣を振り向けばその目はいつもよりどこか柔らかい。

「…どうやら迷ってはなかったみたいだな」

そっと呟かれた言葉を後に、御幸は音源に近づくべく駆け出した。



 
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