お前をジャックする


先日、随分面白い子供を拾った。
明らかに死ぬ寸前なのにしぶとく生きようとしていた少年だ。
裏の世界じゃ子供が同業者―この場合は殺し屋だ―でも珍しくないが、流石に前線には出ることはまず無い。
しかしその子供ときたら連れて帰ってみて吃驚。
未だ目覚めない子供の身元が分かる物が無いかと血と泥で汚れたジャケットを探れば、使い込んである小型のリボルバーを一丁と鉛玉を一箱が出てきた。
そのリボルバーには良く良く見るとアルファベットで薄く子供のであろう名前が刻まれていた。


「…ってな訳で、亮介さんに『さわむらえいじゅん』について調べてもらいたいんですよ」

小さいながら落ち着いた雰囲気の喫茶店のカウンターに腰掛け、カウンターの向こう側にいる亮介に話し掛けた。
グラスを磨いていた手が止まり、面を上げる。
カウンターに置いたグラスがカタンと響いた。

「調べるも何も、粗方の事は知ってるけど?」
「…え、マジですか?」
「勿論。俺が知らない事でも有ると思った?」
「…ですよねー…」

この人は本当に何処までこの世界を知っているんだ、と常々思う。
聞いてみたい気もするが、何だか聞いたが最期になりそうで怖いから止めておくのが最適か。

「にしても珍しいじゃん。お前が興味本意とは言え同業者を拉致って助けるなんて」
「人聞きが悪いですって。つーか拉致って亮介さん…」
「ん?この場合誘拐が正しかった?」
「…なんか随分楽しんでません?」
「さぁね」

ふと、喫茶店の二階から軽重なリズムで階段を降りる音がして視線をそちらに遣る。
木製のフローリングが軋む音が心地良い。

「こんにちは御幸先輩。はい兄貴、関連資料だよ」
「随分気が効くじゃん」
「相変わらず耳良いな」
「情報屋ですから」

小さく微笑まれて、つられて笑みを向けた。
亮介に良く似た弟の春市が手渡した資料の枚数がやけに少ないのは気のせいか。
珈琲を一口含みながら様子を窺うとそれに気付いた亮介が意味深に笑った。

「ふーん…また随分と面白い子を拾ったね。相変わらず人を見る目は確かだよ」
「はっはっは、そりゃどうも。で…素性は?」
「同業者で間違いない。ちなみにさっきから子供子供言ってるけど、歳はお前と1つしか変わらないから」
「嘘…っ!?」
「じゃあ俺と同い年かぁ」
「そうなるね」

顔や担いだ時の重さからしてもっと年下だと思っていたので酷く驚いた。
初めて春市を見た時も然り、人間見た目は本当にアテにならないなと一人呟く。

「…さて、ここからは仕事になるから前払いで代金頂くからね。と言っても見ての通り明らかに情報が少ないからそんなにかからないけど」

ヒラヒラと資料をはためかせる。良く見れば顔写真が無い。

「へぇ、亮介さんにしては珍しく情報不足ですね。こんなの初めて」
「恐らく俺達の情報網から逃れられる程の強力なバックか情報屋がいたね。…この場合は後者かな。
必要なら追加調査出来るけど、本人が目覚めてから直接聞いた方が早いと思うよ」

(強力な情報屋が『いた』、ねぇ…)

「分かってますって。…これで良いですかね?」

スーツの裏から音を立てずに封筒を取り出して春市に渡す。
周りに客はいないからその必要は無いのだが、それはここのルール。

「…はい、確かにお預かりしました」

受け取った中身を確認し、再び二階へと駆けて行った。
それを確認して、亮介が御幸に向き直る。

「それじゃあ本題だよ。…沢村栄純。左利き。主に小型のリボルバー6発式を愛用。仕事の依頼数は多くないけど、腕は確からしいね。
あと無駄な殺生は好まない。同業者にしちゃ珍しいし…まだまだ青い。けどリピーターも固定客もちゃんといる」
「聞かない名前だったのはどの組織にも所属してないから、ですか?」
「話が早くて助かるよ。さっきも言った通り、後ろ楯があったのは昔の話。
…大体2年前かな。だから沢村に関して情報が手に入り出したのも2年前からだ」

念の為と手元の資料をカウンターにつき出す。
目を通せば2年前を境に情報量の差が著しい。

「素性を知るには十分ですよ。あとは直接聞き出しますし。けど…それだけですか?」

頬づえを付きながら目を細めて尋ねる。

「…何が?」
「亮介さんが面白いって言うには少し足りないんじゃ」

眼鏡越しにに窺えば、良く分かってるねと言わんばかりに笑みを向けられた。
本当にこの人は食えない方だ。

「だってこっからが肝心だからね。…そいつ、追われてるよ。正しくは追われてたって言うべきかな。
御幸が拾った沢村の傷は、つまりは追われてた結果さ」

常に笑みを浮かべている亮介の顔が険しくなったのを見逃さない。
一気に店全体に漂い始めた妙な静けさと緊張感を破るべく、静かに口を開く。

「…それは、誰に?」
「お前が良く知る、成宮鳴に」




「沢村栄純、ねぇ…素性知ってますます気に入ったわ」
ベッドに横たわる彼を見下ろす。拾ってから三日、随分顔色も良くなってきた。
目覚めるのも時間の問題だろう。そうすれば再びあの強い目を見れる。
助けてやろうか?と投げかけたのは単なる気紛れだった。
しかしそれに応える様に死にかけて尚生きることを諦めない強い意志と覚悟を宿した目に、妙に惹かれた。
この目をもっと見て見たい。いっそ俺だけを映して欲しい。
今までに感じたことの無い言い知れぬ感覚が全身に走った。

(この世界も捨てたもんじゃないな…)

あの真っ直ぐな目に、汚れきって真っ暗な世界の中で初めて光を見た気がした。
そして純粋に思う。『沢村栄純』が欲しい、と。

「…きーめた」

静かに呟き、沢村を見つめたまま目を細めてゆるりと口に弧を描く。


「今からお前をジャックする」

まるで自分に言い聞かせる様に広い部屋の中で自分の声だけが反響した。
それに反応した様に、ふるりと瞼が震える。
再びあの目を見れるまで後少し。






(お前をジャックする)
(静かに告げた宣戦布告)
(逃げ切れるなんて思うなよ?)






title by誰よりも綺麗な君は悪魔を愛した





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