お前なんかに惚れるなんて一生の不覚だ
頬を容赦無く打つ雨が無情にも体温と感覚を奪ってゆく。
既に寒い冷たいと感じることは無くなっていた。
―――そして痛いという感覚も。
(…これ、本気でヤバい…)
頭の中で激しく警報が鳴り響くも生憎身体が言うことを聞かない。
僅かに手に力を込めればぬるりとした感覚がした…気がした。
霞んだ意識から明らかに血を流し過ぎていると感じた。
ついに視界がぼやけてきて、あぁこれまでなのかな…と諦めかけていたその時だった。
「…なぁ、お前退いてくんね?そこで寝っ転がられたらすっげー邪魔なんだけど」
突然雨音の中でも酷く凛と澄んだ声が降り注いだ。
しかしそれに答えてやれる程の気力など更々無い訳で。
(好きで邪魔してんじゃ、ねぇ)
「おーい、生きてんの?死んでんの?」
(…両方、かな)
「こんな狭い路地に座られてたら通れないんだけど」
(だったら跨いで行きゃいいだろ…)
返事が無いのを承知で話しかけてくる誰かに心の中で答える。
声からして若い男のものだが、如何せんピントの合わない視界じゃ全てがうやむやだ。
「…なあ、一言で良いから何か喋れよ。そうすりゃ助けてやるぜ?」
(……え?)
ふと、飄々としていた声のトーンが一気に下がって朦朧とした意識の中でも分かるくらい冷ややかな声が自分と同業者であることを裏付ける。
自分が死にかけだと分かっていての男の提案だろが、それでも。
「………だ……ね、ね…ぇ……」
死ねねぇ、まだ死ねねぇんだ。誰でも良い。まだ生きれる可能性があるなら、今はすがってやる。
死にかけだというのにまだ生きることに執着を抱いていたのかと自分に驚きつつも、残っていた力を掻き集めて答えたが果たしてそれが声になったかどうか。
ざぁざぁと降る雨音が徐々に退いていく。
遠ざかる音、霞む視界、指一本も動かせない身体が死を告げ出した。
(…ちっ、くしょー…間に合わなかった…)
「へぇ、上等じゃねーのコイツ。…気に入った」
何処か嬉しそうに呟いた男の声を聞くことなく、とうとう血濡れた世界とさよならを告げた。
「筈だったんだけどなぁ…」
「何の話?」
「御幸の第一印象が最悪過ぎたって話」
「はっはっは、そりゃ悪かったな。俺はお前の第一印象良かったけど?」
「横腹ぱっくりのどこが印象良いんだよ…」
覚める筈がないと思っていたのに、あろうことか目覚めて「お、生き延びたかお前。良かったなー」と言われた時は訳が分からなかった。
まさか本当に助けるとは思っていなかったから。死にかけとはいえ、同業者…つまりは殺し屋だ。
裏の世界に生きる者ならば絶対にしない行為をこの男はやってのけたのだ。
だからこそ今こうして自分が生きている訳だから文句は言えないのだけれど。
「ちなみに俺の第一印象って?」
「『死にかけの人間に邪魔だからそこを退けとか言いやがる変なヤツ』だけど?」
「うわ、酷くねそれ」
「だって事実じゃん!」
「はいはい、俺が悪うございましたよー…っと。沢村、そろそろ仕事始めんぞ」
「りょーかい」
「今回のターゲットは10人だからな。間違って死体の数増やすなよ」
「んな!アンタだってムゴい殺し方すんじゃねーぞ!?…あれ本当悪趣味だし、何より倉持先輩が可哀想すぎる」
御幸はターゲットの片付け…要は自分達が標的を殺した後の残骸処理を仕事としている倉持がげんなりとする程にムゴいことを時々する。
大抵その時はターゲットが御幸を本気で怒らせた時なのだけれど、片付ける倉持としてはいい迷惑だろう。
そして何故か「また俺の仕事増やしやがって!」とスパーリングを受けるのは自分だから更にいい迷惑だ。
「ああ、今日は絶対しないから大丈夫」
「…何その自信」
「だってこれ片したら後フリーなんだぜ!?折角栄純とゆっくり出来る時間をそんなことで潰してられねぇ!」
「おま…っ、仕事ん時は下の名前呼ぶなっつっただろうがバカ!つーか何だその理由!バカだろ、アンタ本当にバカだろ!」
「そんな栄純バカが好きなんだよねぇ、お前は。よーし仕事の最短時間更新すんぞ。そして早く帰って栄純との時間を多く確保する。つーわけで仕事開始!」
言うより早く懐から愛用のリボルバーを取り出して駆けて行く御幸の背中を、唯呆然と見つめた。
なんだってあの男はこちらがドキリとするような顔でそんなことを言ってのけるのか。
(…そうだよ、そんなお前を残念なことに好きになっちゃったんだよ)
終わったと思ったこの命を繋いだ代償として仕事を一緒に組めと言われた時は流石に驚いたが、その単なる契約が契約でなくなり純粋に傍にいたいと思い出したのはいつだったか。
…まあ今となっては全て御幸の思惑通りだったのだけれど。あの確信犯め。
「ちくしょーなんであんなヤツが好きなんだよ俺っ!」
遠くで鳴り始めた銃声をスタートの合図に沢村は御幸の後を追った。
(お前なんかに惚れるなんて一生の不覚だ!)
(良いだろ?終わりかけた一生を繋いでやったんだからさ)
(無かった筈の一生を俺に捧げてよ)
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title by誰よりも綺麗な君は悪魔を愛した