「あたしはきれいじゃない」

ちいさなからだがふるりと震えた。今は7月だというのに、風が冷たい。ひゅううと音を鳴らしては、俺と少女の間を無情に吹き抜ける。こいつがなにを言っているのか、俺にはすぐにわかった。

「おまえは綺麗だよ」

細い指先がやわらかそうな白い肩に食い込む。それがだんだんと桃色に変わってゆく様が、俺は好きだった。

「うそ、言うな」
「嘘だと思うならご勝手に」

あまのじゃくなところも嫌いじゃないが、なんとなく突き放してみる。藍色の瞳が悲しげに潤んだ。かわいくないことを言うお前が悪い。風が巻き起こる。彼女の前髪がふわふわとなびいた。

「あたし、きたない。心も、身体も、きれいなところなんてなにひとつない」

ほんとうに汚い人間ならば、そんなことすら考えないのに。彼女のその純粋さが、彼女を戒めて止まないのだろう。どんなに人を殺めていても、小さな手のひらは大切な誰かを守ろうと、目一杯大きく開かれては、力強く握り締められる。美しいとさえ思えるその姿勢のどこに、汚ならしさがあるのだろうか。

「もしお前が汚いってんなら」
「…なんだヨ」
「この世の誰一人綺麗なやつなんていない」

細いのどが大きく動いた。大きな目を真ん丸に見開いて、彼女はじっとこちらを見詰める。ふいに、涙が絹のような肌に伝った。咄嗟に拭おうと手を伸ばしたが、真珠のように輝くそれがあんまり美しかったから、何もできずに見惚れてしまう。

「お前は、きれいだ」





どうか秋が訪れて、枯れ葉が落ちてしまう前に、彼女の指先を暖めることができますように。綺麗なお前が汚されないように、俺が守るよ。




2014.11.01. misa
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