幕末 / 恋人 / 三年後











「結婚しよう」

真夏の太陽が白く輝いている。青い空に不規則に浮かぶ雲は、ゆるやかに右から左へと流れて行く。汗でぺたぺたする肌に生ぬるい風が吹き抜けた。この男は何を言っている?つい先刻彼に買ってもらったバニラ味のアイスバーは、周りが溶けてしまっていて、ぼたぼたとわたしの腕や膝を汚す。きたねーな、と蜂蜜色は言う。うるせーな。お前が変なこと言うからだろうが。

「聞き間違いだったらごめんアル。お前いま何て言った?」
「結婚しよう」

どうやら聞き間違いではないらしい。もともと頭が沸いてる奴だとは思っていたが、この日射しについに頭の中が蒸発してしまったようだ。

「お前脳みそ再生しろヨ」
「ハァ?」

この男と付き合い初めてからもう三年になる。溢れんばかりの愛を一身に受けて、大きな喧嘩も何度かしたが、それなりに幸せな生活を送ってきた。仕事の合間を縫って公園でお喋りをしたり、休みの日にはどこかへ出掛けたり、記念日や、互いの誕生日を祝ったり。キスもした、セックスもした、彼とは色々なことをした。でも、そんな、結婚だなんて、考えたこと なくて…。

「…俺 ずっと考えてた。ここ最近。俺ァ幸せだった、最近は特に、毎日が充実してた。今の暮らしに満足してたんでさァ」
「ふぅん」

つくづく意味の解らないことを言う。充実してたのなら、今のままで良いじゃないか。少なくとも、今結婚することはない。だってわたしたち、将来のことを話し合ったことなんて、ない

(アイス、溶けちゃう)

とりあえず、アイスを食べることに集中する、ふりをする。腕についた白い水滴を舐めとった。汗が混じってちょっとしょっぱい。なんで沖田はこんなこと言っているの?考えても考えてもわからなくて、鼓動が脈打って、速くなったり、止まりそうになったり、うるさい。

「なんで?」
「ん?」
「なんで急にそんなこと言うの?」
「んー、」
「…」
「お前ってさ、屯所に来たら必ず近藤さんと土方さんとこに顔出しに行くだろィ?それだけじゃなくて、時間があったら、山崎とか他の隊員にまで声掛けてる。結構前、その理由お前に訊いたの覚えてる?」
「あー」

幼い頃のお前を知っていて、お前の成長を見てきたひとたちアル。きっと、お前の世界の中のひとつ。わたしは、その中に入りたい。わたしと出会ってからのお前だけじゃなくて、出会う前のお前とも、仲良くなりたいのヨ。お前の人生に携わった『すべて』と、触れ合いたい。

「…それ聞いたとき、あー俺コイツのことすきだなァって思った。今だから言うけど、正直泣きそうになった」
「…うん」
「俺の帰って来る場所が、お前だったらいいって思うようになった」
「…うん」
「俺は、お前と家族になりたい」
「うん」
「そしたら、手段を考えたら結婚しか思い付かなかった。安易だけど」
「…ほんと、単細胞アルナ」
「うっせーやィ」

いつの間にか、棒に付いていたひとかけのアイスは、地面に落ちて溶けてしまっていた。その歪なシミの周りに、小さな丸いシミがいくつもできていく。ぽたぽたと、目から溢れ落ちていく。

「…泣くなよ、神楽」
「…だって、急にそんなこと言うから」
「うん、ごめん。でも俺は、ずっと考えてた」

涙でぼやけて沖田の顔がよく見えない。鼻を啜るとじゅる、と鈍い音が鳴った。涙が出ると鼻水も出る。ごめん、と安っぽいちり紙で鼻水と涙を拭うと、柔らかい光の中に愛しい姿があった。

「…わたし、お前がわたしのこと見てるときの目、すきアル」

汗でべとべとなのにも関わらず、沖田はわたしを力一杯抱き締めた。太陽の熱を吸ってあたたかくなった隊服は、汗と柔軟剤の匂いがする。とくん、とくん、と小さく聞こえる鼓動の音が心地好くて、わたしは考えることをやめた。

将来のことなんて、これから一緒に考えりゃあいいと、沖田は笑った。

わたしたち、結婚します。











2012.05.16. misa
神楽ちゃんは途中までちゃんと傘さしてたんですよ文才なくてごめんなさい

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