∵無情に色を落とす


ぷらぷらと、だらしなく揺れる足に視線を落とす。一定のリズムに従っては微かに上下する最早無抵抗のこの身、その震動を抑えようと無言ながらに気を遣う広い背中に、私は憎々しく眉間を寄せた。

「…おろしてよ、スクアーロ。」

丁度、5回目。
無造作に流れ落ちる銀髪の主は、一体どんな顔をして私を背負い続けようとしているのか、知りたくもなかった。
意味もなく彼の白い項の一点を見つめたまま、四肢に力を込めようとした。入らない。舌打ち。ねぇなんとか言いなさいよ。
私はわざとらしく溜め息を吐いた。それに交えて、私ではない息遣いが荒く漏れた。

私たちは任務に来た。暗殺は成功した。
だが自爆装置を仕掛けられ、脱出ルートを阻まれた。あらかじめ用意しておいた地下通路から脱出することにした。
そこで私の一生の不覚、まさかの死に損ないに、足と腹をやられた。
馬鹿じゃないの、自分。
でも一番馬鹿なのはあんたでしょう。


「スク、もういいよ、」

「時間ないよ、やばいよ、」

「……スクも死んじゃうよ…っ、」


何故か嗚咽が漏れた。
私達は暗殺者なのだから、無情になりきらなくてはならない筈なのに。
ざりざりと灰色の通路を擦れる靴底の音も、心地よい人肌の温度も、踏み出される度小さく揺れる背中も。
優しすぎて、心臓が痛かった。
細い糸できりきりと締め付けられているんじゃないか。
柄でもないくせに。視界が滲んだ。


「それも悪くねぇなぁ゛、」

背負ってから初めてスクが口を開いた。
また掠れた息遣いが漏れる。


「…お前と、明野となら、いいかもな。」
「…何、言ってんの。」
「俺の選択肢、二つ。…分かるかぁ゛。」
「…何、」
「お前と二人で生き残るか、お前と二人で、逝っちまうか…。」
「…、」


ぽつりぽつりと紡がれていた会話に、私が沈黙を横たえた。
振り向かないのでカオは分からなかった。代わりに、スクの背中に顔を押し付けるように伏せた。
少しの間を置いて、再び沈黙を破る。「馬鹿じゃないの。」と溢せば、「そんなもんだろぉ゛。」と薄く笑ったように聞こえた。
また沈黙した。


ここはこんなにも、静寂に包まれていただろうか。
二人だけの空間、世界とは切り離されたような静寂に思えた。
残された僅かなすべての音が、何処か耳の遠くで子守唄のように届く。
幸せな微睡みが訪れた気がした。

明野、と名を呼ばれた。
答えなかった。

何も言わずに、いつの間にかスクアーロは歩みを止めていた。
彼の首に巻き付けていた腕には力など入らなかったので、いとも容易くするりと離れた。5回も懇願して、私は漸くスクにおろされたらしい。
けれど、冷たいコンクリートより、スクの温度の方がずっと愛おしく思えたなんて言えない。

スクが隣に座り込んだ。
腕にすら力の入らない私の左手を取って、彼は何でもない風にその右手できつく握りしめてくれた。
少し痛いくらいの力に、無情になりきれない暗殺者のささやかな情愛を感ずることができた。


「明野、」


もう一度呼ばれた。
そんな小さな声も出るのにね。
なんとなく、さっき名を呼んだその続きの言葉を繋ぐような気がして。
静かに左耳を傾けた。



「…愛してるぜぇ、ずっとなぁ゛。」



わたしも、あいしてるわ。

乾いた唇が最後に空気を震わせた。届いただろうか、愛しい人。
兎に角今は、何があっても離れないようどうかこのままで朝を迎えたいと願う。
握り返せない左手が、どうしようもなく憎かった。


無情に色を落とす
(浅はかで、優しい夜でした)


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13700Hitおめでとう
ございます!リクまで
聞いてくれて//
ほんと大好きです!
スクの優しさに胸
打たれまくってます…っ!
これからもよろしく
お願いします!
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