∵たぶん、僕らは無実です。


「何、君。
もしかして僕のこと、待ってたの。」


馬鹿みたいに、逃げもせず。
後の言葉は我ながら、興味なさげに視線を落として付け加えた。気怠く首を回せば僅かに鳴る骨の軋みに顔をしかめる。
面倒になったので両の手に握っていたトンファーも、一旦醜い赤の飛沫を払い落としてから再度折り畳んでスーツの袖に収め直した。

さて、今度は改めて視線を目の前の彼女に向けてやる。
探るような、というよりかは好奇の眼差しに近い。興味でもなく、ただ一人絢爛たる椅子にゆったりと腰を下ろす彼女は酷く不思議な存在感を漂わせていたものだから。
真っ赤になった部屋に立ち込めるのは、生の枯渇と狂気を孕んだ沈黙。ただ曖昧な二つの鼓動だけが時を刻んでいた。
その沈黙を破ったのは意外にも彼女だ。


「何故そう思われるのですか?」

「そんな顔に見えた。」

「…まあ。」


見ていてゆるゆると口角を穏やかに吊り上げる彼女に、綱吉から手渡された今回の任務資料での記憶を手繰り寄せる。
ボンゴレに対し抗争を企てていたという情報をもとに、僕は今夜この屋敷に乗り込んだのだ。そして確かここの六代目ボスには一人娘がいたらしい。
綱吉から課せられた任務は、ファミリー壊滅という名の「屋敷の人間の皆殺し」。
残党処理はご免とのことだ。


「残念だけど、この屋敷にはもう君以外いないよ。」

「…そのようですね。」

「…覚悟は出来てる、というより、そもそも然程気にしていないようだね。」

「さあ…私にも解りません…。」


くすりと少し恥じらったように笑んだ彼女の頬の朱色は、死体をバックに見るものではない。彼女は何か欠落している。
「ふぅん」と気のない返事をしてみたものの、何処か僕はその欠落に呼応するものを感じていた。ただそれが何なのか明瞭なものがその時は見えず、ぼんやりと視界を遮断しながら「殺してしまおうか」そんな言葉を浮かべた。
けれどトンファーに手をかけようとした時、不意に発せられた彼女の言葉に僕は柄にもなく指を止めた。


「私のこと、殺すんですか?」


恐怖でも何でもない。
邪気の無い頬の青白さだとか、こてんと傾げられた小首だとか、彼女の全てが僕を臆するどころか実に嬉々としていた。
僕は僅かに間を置いたことに内心舌打ちし、適当な答えを返してやる。


「まあね、屋敷の人間は全て殺すよう言われている。」

「ふふ、でしょうね。」

「…悪いけどそろそろ時間だ、僕も暇じゃなくてね。」


臆したのは僕の方か、馬鹿らしい。
彼女の紅い唇に刹那悪寒が背筋を這ったような気がして、思考を遮断するべく咄嗟にそんなことを言った。
じゃき、と手中に握り直したトンファーの銀に彼女を映して、けれど次に発した気紛れが僕らの間違いだった。


「遺言くらい、聞いてあげよう。」


いや、思えばこの部屋に踏み込んで彼女の回りの人間を殺した後、静まり返った空間で最初に漏らした彼女への問いかけすら、可笑しかったのかもしれない。


「ではお名前を。」

「は?」

「貴方のお名前を、宜しければフルネームで。」

「変な子だね。…雲雀だよ、雲雀恭弥。」

「まあ素敵なお名前!では失礼ながらお年は?」

「……25、だったかな。」

「やっぱりお若いのね。じゃあお好きな食べ物は…」

「ちょっと待とうか。…何のつもり?」


彼女は終始その不釣り合いなほど大きな椅子に一人腰かけたまま、見上げるようにして僕の姿を視界に収めながらそんな惚けたことを言った。
僕があからさまに眉間の皺を寄せて怪訝そうに見下ろしても、どこか恍惚とした様子で、彼女は尚も続ける。


「…綺麗な黒髪、綺麗な肌、綺麗なお顔、…なのに誰より戦場の赤がお似合いですね、惚れ惚れします。」

「…?」

「まるで芸術品みたい。」

「そんなの興味ないな。」

「そう、そういうところもお声も素敵なんです。」

「……、」

「この部屋で、貴方が私の大事な人たちを殺す様を、ずっと、ここで見ていて。」

「、」

「私、この屋敷が初めて鳥籠であることに気付きました。」


次は僕が堕ちる番だった。


「私、貴方に一目惚れしたんです。
だから貴方のもとに、いきたい…。」


そこで初めて彼女はその大きな瞳を揺らして、哀願するような眼差しを僕に向けた。
それは決して命乞いなどという陳腐なものではなく、彼女の最後の"お願い"だったのだ。
その時の彼女が一番人間らしくて、一番狂っていたのだと思う。
けれどどうでもよかった。
僕も大概だと自嘲できるくらいには。


「…君、名前は。」

「?…明野といいます。」

「そう…明野、いい名だね。」

「っあの…、」

「けれど君、可笑しいよ。」


僕よりあからさまに戸惑う彼女――明野の柔らかそうな髪へ極自然な動作でもって手を伸ばす頃には、もうトンファーも仕舞われていた。
大きな硝子玉のように無垢な瞳に、下から射抜かれるのも悪くない。
何よりも僕は彼女の盲目的な狂気に惹かれたのだから。


「あの、ひ、雲雀…さま?」

「恭弥、…恭弥でいいよ。」

「恭弥、さま?」

「うん悪くないね。何?明野。」

「あの…何故、殺さないのです?」


酷く可笑しい問いかけだ。
僕は明野の華奢な白い手を取って、ふわりと椅子から立たせた。
それでも当然のようにある身長差に、彼女は純粋そうな生娘の顔で僕を見上げる。
二人の足許では血溜まりがぱしゃりと控えめに跳ねた。


「君は可笑しい、けれど僕も欠落しているからかな。」


噎せ返る血の匂いの中、静かにその唇へキスを落とした。



「僕もたった今から、

君が欲しくて仕方なくなったらしい。」



たぶん、僕らは無実です。

(神様、)(僕らの初恋を祝福しようか)

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狂愛&ハッピーエンド!
舞羽のツボを捉えた
お話です//雲雀さんの
戸惑う所にきゅんきゅん
のどっきんどっきんで、
ニハニハが止まらない
状態です←

ほんとうにありがとう
ございました!
これかよろしく
お願いします!
・・・・・・・・・・



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