離れ行く貴方の背中を、追いかけることも出来ないわたしには、涙を流すことしか許されないのでしょう。遠ざかる愛しい愛しい後ろ姿を、もう二度と会えないと、第六感で感じながらも、それでもわたしは、唇を噛むことしか出来なかった。 エースには、一日で惚れさせられた。というか、一晩。忘れもしない深夜。眠れなくて、誰かいるかと思って船尾に行ったら、エースが見張り番してたときのこと。 「悩んでのか」 「うん」 「わたしなんか、ろくに戦えないのにって?かといって、ナースの手伝いしてみたけど、全然できねーしって?」 「……うん」 「いんじゃねーか別に。モビーは、できるヤツの集団か?そういうわけじゃねえし、」 「お前は、オヤジの愛娘だろ?ってことは、おれたちの大事な大事な妹なんだぜ」 「おれたちがお前と、構ったり、練習付き合ったりすんの、だりぃとか思ってるヤツなんていねーよ。むしろ、喜んで遊んだりからかったりしてるし。だからお前は、」 「妹らしく、お前らしく、俺たちに甘えとけばいーんだよ」 で、惚れたわけである。 エースよりわたしのほうがあとに船に乗って、短い時間だけどいっしょに過ごしてきた。 たくさん笑ってたくさん楽しいこともあった。悲しいことなんて、ほんとうに少なかった。エースといれば、いつも笑顔でいられる。 エースだって、わたしといて楽しいと言ってくれる。可愛いと言ってくれる。いつだってわたしの味方をしてくれる。 「ねえ、エース。わたし、エースが好き」 「おれもお前が大好きだ。大事な大事な可愛い妹だからな!」 ニッと笑った顔が眩しい。わたしの髪の毛をぐしゃぐしゃにする手が暖かい。 そういう意味じゃないんだよ。 お兄ちゃんなんて目で見たこと、一度だってなかったよ。 何度告白しても、こうやって返されて。いつだってエースはわたしを妹としてしか見ていなかった。 「大丈夫だって、心配すんなよ。」 「エースだめ、行かないで。行っちゃヤダ」 「ちゃんと帰ってくるから大丈夫だ。それに、こっちにはマルコたちがいるしな」 「ちがう、ちがうよ…っ」 「兄ちゃんは、お前が大好きだぜ」 「わたしだって、大好きだよ…っ」 家族を殺した罪は大きい。私だって、あの人を許さないし、もはや、兄たちの一人ではない。けれど、彼の背中に回したこの腕を解いてしまえば、もう二度と、彼の少し高めの体温に触れることは出来ないような気がする。涙が止まらない。これで、一生のお別れのような気がする。きっと彼はここに戻ってこない。戻ってこれない。 「ありがとな。俺が行ってくるまで、泣くなよ、なまえ、」 「……」 大きな手が私の頭をぐしゃぐしゃっと撫でて、足早にストライカーに乗ると、振り向いて、おとうさんを見たあとに、わたしを一瞥した。 さようなら、愛しい人。 (だからわたし、あの時止めたのに。) ← top → |