運命なんてどこにもないんでしょう。運命の人なんてどこにもいないんでしょう。自分で決めるものでしょう。自分の先のことなんて、自分次第でしょう。 誰かに決められているなんて、そんな馬鹿な。すでに決まっているなんて、そんな馬鹿な。 運命の糸を手繰り寄せれば、その旦那は私を身請けするお方だと言うのか。 遊郭のなかで、幼き頃から育ってきた私には、物分かりの良いオモテの私と疑問を持ち続けるウラの私がいた。どちらも私であって、どちらかだけが私なのではない。ここに来たときから、仕方の無いこと、と諦めてきたことは山ほどある。けれど、どうすることも出来なかったし、結局、しようとしなかった。 酌をしたあと、旦那たちに体を売るのも、もう抵抗は無くなった。 しかし、時に思う。 "わたしは、なぜここにいる?" "なぜ、毎晩毎晩、違う男に抱かれている?" そりゃあ、私が遊女だから。美しさと醜さを纏った遊女だから。それ以上もそれ以下もない。ただそれだけ。 「ほう…。ワノ国とは、本当に、おもしろいことをやっているんだな」 私に影が落ちて、見上げると、格子の向こう、一人の男が、目の前に立った。卑しい下劣な男たちとは全く違う、まっすぐな目をしていた。肌は浅黒く髭を生やし、黒く長いコートを着ている。帽子を深々と被り、長い長い刀を持った、見たことの無い男。手には刺青、記号のような知らない文字が指に書かれている。 「お前を買う」 男の目を見ると、只者ではないと分かった。今晩は、何かが変わるのだ。私の中だけではない、外も。 「今晩、俺はお前を抱く気はない。」 部屋に入れば、男は、立ったままで壁に寄りかかり、窓の外を眺めていた。挨拶もせぬままに降ってきたこの言葉。 「察しております」 「俺と来ないか?もちろん、お前の意見も聞こう。汲むかどうかは分からないが。」 「………」 物心ついた日から今日まで、ずっとこの小さな世界のなかで暮らしてきた。窮屈で薄汚い。お店のためにと、着物が似合う年頃になってから、何年も苦しさと生きてきた。 私の美しさに嫉妬した他の遊女はわたしを嫌い、妬み、嫉んでいた。あぁ、醜い。仲間などいない。私付きのまだ幼い二人も、私が消えれば遠慮なく他と仲良くできて良いだろう。 「わたしを連れ出して」 「決まりだ。俺の名前は、トラファルガー・ロー。お前をここから出してやる。お前を卑しい目で見る男たちからも。醜くさせるこの世界からも」 「なぜ私なのでしょう?」 「"気に入った"……それだけだ。」 「………はい」 「運命は、自分で易々と変えられるものだ。だが、他人にも変えられることはある。今回の、俺のようにな。尤も、決めたのはお前だがな」 「…っ」 「行くぞ」 私の手を引いて、廊下を駆けていく。部屋の薄明かりが床を照らす。宴を催す部屋もあれば、静かに酒を酌み交わす部屋もある。その中を、ローさんに手を引かれ、静かに突き進むが、店の者に見つかってしまう。 「な、なにをして……し、七武海だと……っ!?」 「"ROOM"」 「うわああああ!!!」 何が起こっているのやら。もう訳もわからず、ただ彼に着いてゆく。 着物の裾を手繰り寄せて、 走る、走る。 「名前はなんだ」 「…わたしの、名前…は、」 いつの日からか使わなくなった名前は、ずっと使わないでいたのに、埃被ることもなく、そこにあった。 「なまえ、」 「なまえ。今日から俺の船に乗れ」 「……はいっ」 しかし、これは、私の行く先、私の行く末。決められたのではなく、わたしが選んだ。ローさんは、選択肢を与えてくれただけ。 このお方がどんな方であろうと、私はこの手を離さない。ずっとずっと。 運命は自分で決めるものでしょう。小さな鳥籠のなかで、ただ嘆いていたわたしは、どうなるかも分からない、どんなところかも知らない、そんな世界に飛び込んでいくのだった。 月夜に少女は消えてゆく けれど、後悔はしない。こんな薄汚い場所で、人の欲望と偽りの快楽に溺れた、ただ金が渦巻く世界などに閉じ込められているよりは、断然ましだ。 ← top → |