ガタガタガタ

「じゃあな、マルコ」
「んー、ありがとなー」

バタン








入浴中。玄関の方から聞こえたのは、エースくんとマルコさんの声。会話からして、エースくんは帰っていったようだ。



マルコさんから、「少し遅くなるから部屋に入ってろ」という内容のメールを受け取り、彼のマンションに上がり、ごはんを作っていた。

で、なかなか帰って来ないため、先にお風呂に入らせていただいているのである。




そして、冒頭の会話が聞こえてきた。





はやく出ないとな、なんて思ってるけど、如何せん洗顔なう。顔が真っ白なわけで。なので、急いで流して出ようと思います。


……………よし、流せた。では、出よ『ガラッ』うとお、も、い、ま、………………えっ?




「マ、マルコさん……?」

「……ただいま」

「あぁ…おかえりなさい……」






マルコさんは、浴室のドアを開けてわたしを見下げる。冷気が入ってきて体が冷える。

ん?……かなりお酒くさい。

しかも、すごい目がとろーんとしちゃってる。なに、どうしたんだろう。マルコさんがこんなに飲むほど、嫌なことがあったのかな。

とりあえず、今の格好は何度も見られていても恥ずかしいので、ぎゅっと体育座りをして体を隠す。タオルが欲しいです。




「なに見てるんですか、出てくださいよ」

「……」




無言で出ていく彼の後ろ姿を見届けて、わたしも浴室から出て、体を拭いて服を着る。髪はタオルドライしただけで、リビングのソファに座っているだろう、彼の元へ急ぐ。








「酔いすぎですマルコさん」


いつもマルコさんにされるみたいに、ソファ越しに後ろから彼の首に手を回してみた。





「酔ってない」

「酔ってますよ」

「んあーやわらけー」



なにこれ、いつもと全然ちがう。腕にすりすりと頬を擦り付けてきて、ちょっと本当にやばすぎやしませんか。



「もう、寝たほうがいいですよ?」

「寝ない」

「なんで」

「なまえが来てくれんの久々だからなー」

「飲んで帰ったマルコさんが悪いんですから」






そうだ。元はと言えば、"少し遅くなる"マルコさんを待っていた。そして、ここへ来るのは久々。再会はお風呂を覗くという変態行為。会いたくて仕方なかったのに、エースくんたちと飲んでたっていうのに謝ってなんかくれない。


遅くなって悪い、とか一言あればよかったのに。こんなに酔っちゃって。

かわいいなんて思ったけど、わたしが待ってること忘れるくらい飲んでたの?




「マルコさんの馬鹿」

「お前に言われたくねーよい」

「知らない。帰りますね。早めに寝てくださいよ」



回していた腕を解き、コートを羽織ってバッグを手に取ると、酔いが覚めてきた彼は焦ってソファから立ち上がり、追いかけてくる。





「………ごめん、ごめんな。おれが悪かった。なまえごめん、待たせて」



後ろから抱き締められ、お酒の臭いが鼻につく。くさい。



「謝って済んだら警察は要りません」

「警察呼びたくなるほどムカつくのか」

「はい」

「本当に悪かった。ごめん。仕事でちょっとあって、エースに愚痴ってたら止まらなくなって、」


「じゃあ、わたしに言ってくれればいいじゃないですか」


「好きな女にカッコ悪ィとこなんか見られたくねーよい」





吐かれる息からアルコールを感知。 結構キツい。なんだかいつもの、わたしを上手く操るマルコさんとは違って焦っているようには手に取るように分かった。


後ろから、首筋にリップ音をわざとたてて唇が触れていくとなんだか、甘い雰囲気に早変わり。



こんなことを言われて、こんなことをされたら、女なら誰だって許してしまう。




「ずるいです、マルコさんは」

「………?」

「寂しかったんですからね」

「ホントに悪い。ごめんな」

「でも、珍しく酔っ払ったマルコさん見れたんで、もういいです」





回された腕に手をかける。緩んだその中で体を反転させ、彼の少し厚い唇を奪う。やっぱりキツいアルコールの匂いはそのままで、真剣ながらも虚ろな瞳がわたしを映していた。




「カッコ悪い姿も好きですから。どんなマルコさんでも、わたしの自慢の彼氏です」


「よく言うよい。じゃあ、とことん甘えていいってわけか?」

「喜んで」

「こんなおれは嫌だ、って言っても聞かねーからな」






腰に下げられた腕を背中に感じて、もう一度近づく顔と顔。火照ったその頬をいとおしく感じる。と、急に、マルコさんの動きが止まって一言。




「ちゃんと乾かさねーと風邪引いちまう」

「あ……」

「乾かしたそのあと、な?」

「…………はい」









呑まれたのは、





わたしのほう。

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