「征十郎、わたし、」

「なまえ。お前はどこへも行かせないよ。君の居場所は、僕の隣だけだ」

「…征十郎…」


時は流れていった。季節は移ろった。止まることのない時計の針、絶えず進むそれを見つめて、わたしは何度ため息をついただろう。止まらない、止まらないのだ。どれだけわたしが止めようとしても、戻そうとしても、虚しくもそんなことは無意味である。自然の摂理、これは万物の常識なのだから。


目の前の赤司征十郎という人物へ対する感情は、わたしにも特定することのできない何かとなった。彼とわたしが、恋人として関係を持って早二年くらいになる。以前の彼は、少し周りとは違うし、一歩出ているのか引いているのか、ただ周りとは線引きをしてあった。しかし、それでいても協調は取れていたのだ。絶大な信頼、抜群の統率力、秀でているバスケセンス、彼にはすべてが揃っていた。否、揃いすぎていたのかもしれない。


誰も赤司征十郎にはなれない。絶対的な差をまざまざとそこに見せつけられ、彼を理解できる人間はいないに等しかった。彼が理解しようにも、境遇や環境や能力は、彼がいくら想像しても、分からなかったのだ。

百戦百勝。すべてが勝ちでないと許されない世界に、本当は征十郎は一人で立たされていたのかもしれない。責任も苦しみも、すべて一人で飲み込んでしまったのだ。誰にも触ることのできぬよう、背負うどころか飲み込んだのだ。


才能が開花してゆくチームメイト、増えてゆく退部届。
征十郎は、何かと闘っていた。


部室前から校門へと歩きだす。以前見た時より、暖かみが減っている彼の背中。少し、狂気さえも感じ取れる背中を追いかけて、斜め後ろを歩く。

日が暮れたら、蒸し暑さが残って、風もぬるくて気持ちが悪い。わたしが体育館を閉めて、征十郎よりも早くに帰る準備が整うので部室の前で待っているのも、誰もいなくなったこの道を通るのも、全部毎日やってきたこと。



あまり話さなくなっても、征十郎はわたしを手放そうとしなくて。


こわいよ、征十郎がこわい。何を考えてるの?なにを思ってるの?言ってくれたっていいじゃない。笑ってたのにそんな笑顔、今はどこにもない。



見慣れた帰り道も、どうしてこんなに違って見えるんだろう。それは、隣にいる征十郎が原因?それとも、征十郎に対するわたし?






「戻れないところまで来てしまっているよ」


異変に気が付いて振り向くと後ろの街路灯が消えた。さっきまでそれが眩しく放っていた光は無くなってしまった。




征十郎は、変わった。





迷宮ロジック




もう、あの頃には帰れない?


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