「征十郎なにして…っ!?」

「征ちゃん!!!??!!」

「おい、やめろ!!」









WC決勝、誠凛戦。誠凛の選手たちは、大いに喜んで、カントクのリコさんが涙を流しているのが見えた。

私たち洛山は敗北した。ありがとうございました、と礼をしから、会場のどよめきや騒がしい声の中、5人はベンチに帰ってきた。小太郎は泣いて、そんな彼の肩を抱く玲央姉。


わたしは彼以外の四人のことは、心配していない。だって、彼らは違う。負けるということがどういうことか分かっているし、経験もしているから。


わたしが、心配でならないのは、



「勝つことは基礎代謝だった。…が、それが絶たれた」

「ダメっ!征十郎!!!」

「?」





征十郎は、負けを知らない。人生ではじめて負けたのだ。敗北を、味わった。



すべてに勝つ僕は、すべて正しい。


勝利することは息をしてるのと同じことだ。

勝利は求めることじゃなく、生きてく上であって当然。基礎代謝と変わらない。




そう、言っていた征十郎は、今、どんな気持ちなんだろう。

小太郎たちの後ろを、無表情で歩いて帰ってきて、ベンチに置いてる救急箱から、鋏を取り出して首に当てたのだ。



「一度負けたくらいで、なんて征十郎には言えない。けど、そんなのちがう」

「なまえ…?」

「征十郎が負けたからって、征十郎が間違ってるなんて思わないよ。敗者だからって否定しないよ。わたしは征十郎から離れたりしないし、できない。…だから、それは…………ちがうよ」



征十郎の首元にあった鋏を握り締める。征十郎の力は強い。鋏は動かそうにも動かない。だから、それにぎゅっと力を込めた。広がっている鋏の刃に、両手でぎゅっと。征十郎を傷付けるものなんて、わたしが邪魔したい。




「おい!なまえ!!…おまっ…!お、おい!…ち、血が、っ!」



小太郎が叫ぶ声が聞こえる。




征十郎は強い。


いつでも一人で抱え込もうとして、

誰にも弱味を見せないし、

本当に強いし、言ったことは必ず実行する。



僕に逆らう奴は親でも殺す、なんて言ってるけど、逆らえないようにしてるのは誰よ。征十郎は、いつでも正しいから、誰も怖じ気づいてとかじゃなく、逆らう気にもならないんだよ。




「ダメだよ」



痛くなんてないよ。征十郎の痛みに比べたらね。わたしは貴方に逆らうよ。だから、殺してもいいよ。征十郎が、それでもし負けを認めて、こんなことやめてくれるなら、二度としないというなら、それでいいよ。わたしが身代わりにでもなんでもなってあげる。


ぽたりと彼の鎖骨にわたしの血が垂れ、白のユニフォームが染まっていく。



「おい!なまえ!手ぇ離せ!馬鹿!」


「征ちゃん!!!しっかりしなさい!!!」

「!」



永吉が征十郎を、わたしはたぶん玲央姉に掴まれて引き離された。鋏は、カラン、と床に落ちた。征十郎を見ると、ポカンとした顔でわたしを見つめている。そして、指先が鎖骨に落ちたわたしの血に触れ、赤く染まったのを見て、またわたしを見た。



「なまえ…?これは、なまえの、血……?」



「征十郎は、負けたって征十郎なんだよ」

「負けても、……僕、か…」

「だから、ダメ。そんなこと……許さない」

「僕に逆らうのか?」

「逆らうよ。征十郎は大切な人だから、失いたくないの。」











「……悪かった」





永吉は征十郎を掴む腕を離す。玲央姉を振り払って、征十郎に駆け寄る。今度は、鋏じゃなくて、征十郎の体をぎゅっと力を込めて抱き締めると、彼はそっと背中に手を回してくれた。



長い長い旅だったような気がする。ここが終点みたいに、張り詰めていたものがぷつんと切れて、わたしも堪えようとしても涙が止まらない。ずっと、気を張ってた。止まれなかった。けど、テツくんが教えてくれたね。大事なこと。征十郎に欠けてたこと。もう戻れないなんて、そんなことない。今からでも、十分やり直せるよね。






「敗北とは…………ひどく苦いものなんだな。いま、…すごく、……苦し、い、っ」




「次は勝とうね、征十郎」







その涙も、この弱い背中も、


今の貴方のすべては、


ここの誰よりも、脆く儚い。




迷宮ロジック
>>血、困惑、そして先へ


誰も、征十郎から離れないよ。ほら、負けた貴方だとしても、仲間はここにいるじゃない。
だから、今は、好きなだけ、泣いていいよ。


征十郎がそうしてくれてたように、今度はわたしが、いや、わたしたちが、貴方を守ってあげるから。


ここは、終点じゃない。






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