それから一週間。連絡はしなかった。連絡してこい、という意味で、渡してきたことは分かってる。けど、そんなわけない。と思っていたし、部長には彼女がいるわけだし、と思い、その名刺は手帳に挟んで、記憶から薄めていこうと考えていた。


あの日のことはなかったことにしよう。だから、いつも通り部長に接することにした。けれど、無意識に避けている部分もあって、この一週間、話す機会もほとんど無かった。






正直言えば、部長を見るとドキドキする。それが、止まなくて苦しい。自分がおかしいと思う。記憶にはないところで、抱かれた人のことを良い意味で意識してしまうなんて、本当におかしい。


ふわふわと考えを浮かばせながら、課長に頼まれた資料を集める。物置のような書庫からリストに関係ある資料をすべて集めてこいなんて、わたし一人にまかす仕事じゃないと思う。まあ、急ぎじゃないだけ救いだ。




「んー、見つかんないなー」



薄暗い書庫。蛍光灯切れてるし、上のほうにある小さな窓から入る光だけじゃ、不十分だ。あとで言っておこう。該当しそうな辺りに指をなぞらせながら、探す。探す。探す。……………ない


「ないじゃん……」



ため息と共にリストの紙を持っている腕がだらんと下がる。他の資料はもう集めたし、もう切り上げて帰って、課長には「資料がありませんでした」と言えばいいだろう。うん、もう戻ろう。と、その時。





「……わっ」




急に後ろから抱き締められる。思わず大声を出しそうになるが、わたしの知ってる匂いが鼻を掠める。





「やっと、二人っきりになれたな」


「ぶ、ちょ…っ!」



わたしを抱き締めているその腕は少し強めに力が入っており、少し身を捩らせたところで部長の筋肉質な太い腕には効かないから、状況はなにも変わらない。



気配なんて感じなかった。足音も何も。いきなりこうなって、またうるさくなる心臓。この部屋には監視カメラはない。人の出入りも、ほとんどない。



「やぁっ…」


頭が働かない。後ろから耳を舐められ、手に持っていたリストと集めた資料がバサバサと床に落ちる。ぎゅっと目を閉じる。舐められたり、息を吹き掛けられたり、舌でうなじをなぞれたり。わたしに回した腕は、少し緩まって、その大きな手が服の上から胸を触る。



「ん、…っ」


鼻から漏れる息。優しく揉み上げられながら、首筋を食まれる。







こわいなんて思わない。

こんなところで、こんなことしてるなんて、常識的には駄目なことなのに、

すべてが好条件。興奮材料は十分すぎた。



「一週間も待たせて、何をしている」

「んんっ…」




首筋を這う部長の舌はもう完全に色欲まみれで荒い息、わたしを求めにきている。抵抗しようとも、力は及ばない。それに、このシチュエーション。断る理性が弱まったところで、どうやって常識を取り戻せるだろうか。ああもう、どうしてこんなことになってしまうんだろう。本当に、あの夜に、何があったのだろう。公私ともに充実している(とよく聞く)部長に求められるほど、あの夜にわたしは突出したテクニックを見せ付けたのだろうか。どうであろうともう部長は止まってくれそうにない。




「なまえ…」

「!」


名前で呼ばれるだけでこんなに反応するなんて。低い声がわたしを呼ぶ。ぎゅっと握られてるかと思うくらい痛い心臓。なんで、なんで、どうしてこうなったの。




いつも見ていた部長は、いつも優しくて笑ってておおらかな人だった。

けど、今、わたしの服を脱がせかかっている部長は、わたしの知らない部長。





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