彼女は、いつも天使みたいに無邪気に、優しく笑った。背徳感に胸が苦しくなる。
そうだ、俺は君を騙した。




本当は好きになってしまったんだ。なまえのこと。だけど、どうにかできただろうか?いや、これはどうしようもない。口ではあんなことを言ったけど、ただあの時はローに目にもの見せてやりたかっただけ。自分の家に連れ帰った。セックスなんてするつもりなかったし、結果、あの日はしなかったもののあれは口実を考えるチャンスとなった。


「ちょっと体が冷えました。わたしは戻りますけど、部長はまだいますか?」


ローへの気持ちを気づかせるため。ローが嫉妬して焦ったらいいな、とか考えて。でもそれは建前。すうすう眠るなまえを見ながら、可愛いなぁ愛しいなぁ、襲いてぇなぁ、と思いつつ、なかなかがんばって我慢した。しかしまぁ、それから数日間、頭のなかでは裸のなまえでいっぱいで、彼女なんて抱けやしなかった。なまえとしたかった。

いつの間にか好きになっていた。俺とロー、どっちを選ぶ?なんて聞いた自分に焦るくらいに。なまえが苦しそうな顔で俺の名前を言ってくれて嬉しかったけど、やっぱりそこに本命に対する覚悟を見いだせなかった。今こうやって、ローを選んでるのが何よりの証拠だ。

「そうだな。一本吸っていく」

「寒いし、ほどほどにしてくださいね」



だからもうやめようと決めた。あの夜、シャワーになまえが入ってくる前に。これで最後にしよう、と。俺には彼女がいて、そろそろローも焦ってきたみたいだったし、何かしらアクションを起こしたようだ。告白するのもそう遠くはない。そうなれば俺はただの邪魔な存在。前みたいに頼れるいい上司に戻るだけだ。



言葉にしてしまえばよかった?好きだ、と。けれど、それですべては崩れてしまう。俺と彼女の関係も、なまえとローの関係も………俺となまえの関係も。君をローのものにするために俺はこんなことをした。なのに、どうしてこんなに苦しくて、辛い。それもやっぱり好きだから。自分の仕掛けた罠に、なぜこんな不可解な嵌まり方をしてしまったんだろう。

君にはもう届かない。


まんまと罠に嵌まってくれてありがとう。そして、君が好きだった。

好きだとか言った覚えはない、なんて今しがた言ったが、何度、行為の最中に口から溢れそうになったか。終わった後、隣で君が寝てるときなんて、何度も心の中で呟いた。苦しくて、でも、言ってしまったら、何もかもがおしまいの気がしたんだ。







店のドアの手前、振り向いて目が合って、微笑んでくれる君。煙草をくわえたまま、俺の足はいつのまにかドアに近づき、




彼女の左腕を掴んで、









end.



〜201211







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