ドアが閉まって、冷静さを取り戻したわたし。その場にへたり込み、よく考えてみる。 ローに何された? 強く肩を掴まれて、後に頭を掴まれて、 強引なキス。 あんな目でわたしを見たことなんて、今まで一度だってなかった。冷たいような、苦しいような。 なんでローが? あんなこと、 なんでわたしに? 謎が多すぎて、頭と気持ちの整理がつかない。 けれど、あの瞬間に思い浮かんだのは、部長の顔だった。 「おお、早いな。遅れてすまん」 「こんばんは」 次の日の夜、部長に飲みに行こうと誘われ、予定はない。しかし、乗り気ではなかった。それに、前回一緒に飲んでから、あんな関係になっている。だめだと分かっているし、一度二度、三度も断ったが、じゃあご飯に行こう、と誘われた。 そこまで言われたら断れない。 「休みの日まで悪いな」 「いえ、…」 会話が無くなれば、すぐにローのことを考えてしまう。斜め前を歩く部長は、いつもとは違う、カジュアルな格好。といっても、おしゃれな服は、オーラのある部長にとても似合っている。 素敵な人。 ただその一言に尽きる。 素敵な人は、あんなことしないなんて少し思うけど、あれもあれで素敵なのかもしれない。一度、いや、覚えていないけど、二度、体を重ねただけなのに、知ったような口を叩いてはいけないけど、最中の部長は、すごく魅力的。 「お、ここにするか」 適当に空いていたお店に入った。 空腹は満たされた。お酒を飲みながら、会話を進める。運良く個室が空いていたため、静かな時間が流れる。焼酎を少しずつ飲みながら部長は、わたしの目を見る。 少し気まずかったけれど、部長はいつもの部長で、前みたいに話せるようになった。もちろんそれは、部長が、前のように振る舞ってくれているから。無かったことにしているわけじゃないことは、わたしにも分かっている。 ジーっと見つめられる。それから、"ふーん"と呟いて、タコの唐揚げを一つ、口に運ぶ。 「…………なんですか?」 「お前さー、なんかあっただろ?俺以外の男と」 「えっ?」 「ははっ!やっぱりな〜」 はははって笑いながら、また一口飲んでる。 どうして?なぜ分かるんだろう。普通に、仕事のことや同僚の話、芸能人の話。学生時代の話や、趣味のことを話した。ただ普通じゃないのは、自分達の情事のことは触れずに、不自然に避けて話していることだけ。 何もないです、そう言えたらいいけど、ローのことで、パニックになってたわたしは、そんな風にポーカーフェイスでいられるわけもなく、嘘もつけるはずもなく。 「もしかして、ローか?」 「いや、あの、…っと…んん、」 「分かりやす」 「…………」 「アイツは、ずーーっと、なまえのこと好きだからな」 「え?」 「見てたら分かる。入社したときからずっと」 「ローが、……わたしのこと?」 「そうだ」 部長は何を言ってるんだろう? ローが、わたしを、……好き? けれど、そう考えたら、昨夜のキスも納得いく。 ローの、女の子の噂も聞かない。しかし、そっちの趣味もないのは知ってる。好きな子がいるとは言っていたけど、じゃあ、それがわたしってこと、だよね…部長の言うことが本当なら。 「俺とのこと、アイツ知ってんだろ」 「……えっ…そんな、…分かんないです」 『失礼します。大変お待たせいたしました、ご注文お伺いさせていただきます』 「お、きたきた。んーと、これ、おかわり。あと、エイヒレ。なまえ、なんかいるか?」 「お冷やください」 『かしこまりましたー』 いつの間に呼び出しベル押したんだか、店員さんが割って入ってきて、会話は中断。 ローがわたしのこと、好きだって、 の口から聞きたくなかったな。 なんだか、部長にとっては他人事みたい。 好きな人の口から、そんなこと聞きたくはなかった。 ← top → |