それからというもの、そう会話もないまま車を走らせて、海に近くなって来たところで、彼女が海に行きたいというので、来た。


車を止めて夜の浜辺に降りると、カップルらしき男女が2組歩いていたが、じきに見えなくなった。靴と靴下を脱ぎ、波打ち際でふらふらと遊ぶ目の前の女の子を見ながら、若いなぁと思いながらタバコに火をつけた。


「それ、気持ち悪くねーのかよぃ」

「?ひんやりしてて、気持ちいいですよ」

「そうかい」


転びそうで危なっかしい。ずっと、しっかりしてる子だと思っていたけれど、今はそんな雰囲気なんてなくて、頼りなさそうな背中と無防備なふくらはぎから爪先にかけての色白。

おれみたいなおっさんが手にかけていい子じゃない気がしてた。大学生だぞ。まだ、友達やサークルで楽しい時期に、おれなんかに時間を割いてもらうなんて、よく考えるとおこがましいと思う。きっと、男からの誘いだって無いことなんて無いだろうし、おれの誘いも、本当に喜んでるのかは分からない。いや、反応とかは素直に喜んでくれてるとは思いてぇけど、おれがこんな歳だから付き合ってくれてんのかなーとか考えてしまう。


「マルコさん、タバコ買い過ぎなんですよ、毎日毎日」

「しょーがねぇだろ。これでも我慢してる方だ」

「お仕事って、そんなストレス溜まりますか?」

「んー、別に、んなことねぇけど」



ふーん、と適当な返事をして、また、ぱしゃぱしゃと足で水を蹴る。おれは、ふぅ、と煙を吐く。


女子大生に手を出してるなんてオヤジに知れたらどうなるだろうな。大目玉くらうか?もうおれも36だ。周りからは結婚の話題も持ち上がってくる。まあ男は別にまだ大丈夫だろ、とか言われるし、おれもそう思う。え、なにおれこんなこと考えてんの。

名前ちゃんの靴が揃えて置いてある。おれのそれよりは遥かに小さくて、うちの玄関では、しばらく見てない女物の靴。もう何年と関わりを持ってなかったから、周りからはゲイとも疑われたが、やっぱり違う。おれは、この女の子のことが好きなんだ。けど、知らないこともまだまだ多い。

だから、もっと知りたいんだ。もっともっと。


「あー抱きしめてぇな」


煙に目を細める。細い腕を引き寄せて、抱きしめたい。おれだけに笑ってくれたら。今日、大学に迎えに行った時も、男と親しげに話してたよな。友達だろうな。少ししか知らないが、何人も男をキープできるような女の子ではない。


「わあっ!」


エチケットケースに吸い終わったタバコを入れてる時、ばしゃーん、と音が聞こえ、目をやると、尻もちを付いた彼女の姿。



「つめた!」

「そこかよ。…大丈夫か?怪我とかしてねぇか?」

「大丈夫ですよ!スマホもカバンの中ですし…あ、でも濡れちゃったから車には乗れないですね…」


近寄ると、自分で立ち上がって、へへへっと笑って平気そうな彼女。怪我してねえなら良かった。安心。ん?「車には乗れないですね」?確か、先週、部下の結婚式の引き出物でタオルかなんかもらったやつ、車に置いてた気がする。


「そんなことはいい。ちょっと待ってろよぃ」


「? はい…」



車に戻るとやはり後部座席の足元に引き出物がそのまま置いてあった。箱を開けると新品の高級バスタオル。水吸わねぇかな…とか考えたけど、名前ちゃんが風邪ひくのは困る。どうにかなるだろ。バスタオルを取り出した。





「こんないいもの使えませんよ!」

「貰い物だし気にすんな。巻いとけ」


紺色のスカートでよかったと安堵した。白とかだったら透けてたとこだ。まあもう暗いからそんなに見られることもなければ、おれからしてもそんなに見えないが。しかし、どうしようか。服も濡れたままでは風邪を引いてしまう。それに、もう時間も時間だ。明日も試験のはず。


「明日も試験だよな?そのままだと風邪ひくだろ、そろそろ送る」

「はい。あ、けど、今乗ったら濡れちゃうかもしれないです」

「いいよぃ。もう一枚タオル引いといたら大丈夫だろ」

「大丈夫かな…」

「忘れ物すんなよ」

「はーい」









「は?!そのまま家に送ったのかよ!?」

「マルコって、意外と奥手なんだな」

「いや、お前らうるせぇし、お前らとはちげぇんだよぃ」

「おもしろくねーの、なぁ?エース」
「いやーマルコ、何年もヤってねえのによく耐えられるよな」

「エースは、仕事が大好きなんだな」

「マジかよ!?おれ、もう事務仕事やりたくねぇよ…!書類仕事嫌いなんだよ……!」




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