「んーきもちいーふううう」


「〜〜〜〜っ!」




何なんだよ、もうコイツは。俺の前で、大人しく座ってさっきみたいな緩んだ声を何度も上げる姿は、可愛すぎて本当に箍が外れてしまうと思うくらいに愛くるしい。





この家は、姉専用のドライヤーがあるらしく(見てみるとCMとかでやってる滅茶苦茶いいやつだった)、乾かすのも姉の部屋。のため、今、おなまえの部屋、俺がベッドに座り、その下の床におなまえが座っている。俺の、足の間にいる。



乾かしてんだけど、マジでやべぇだろぃ。置いてある鏡越し、顔が見える。目を瞑ったまま、口許は緩み、風呂上がりの火照った頬。なんだよ、ほんと。少しは警戒してほしい。




「? ブンちゃん?」

「ん、あ…ごめん」






止まっていた手を指摘されると同時に、鏡の中でぶつかる目線。上目遣いがそこにあって、ますます熱は高まる一方。



美人な先輩だなーと思ってたけど、仁王の姉ちゃんってことで仲良くなって、俺以外のテニス部の奴とも仲良くなって、呼び捨てで呼んでタメ語で話すことも許されて、最初はワイワイできて楽しいとか思ってたのに、少し経てば、レギュラー陣の談笑の輪の中心におなまえがいることで、少し微妙な気持ちになる。その輪に入ることも遠巻きに見ることも何故か嫌になる。







「どしたー?」




手に力が込もって、思わず電源ボタンを押してしまう。鏡越しではない、振り向いたおなまえの、焦ったような上目遣い。




「ブンちゃん?」



首を傾げて、わざとなのかわざとじゃないのかは知らない。けど、俺を動かすには十分。行ってよし。あぁ…これは、他校のネタだったな。


こんな思い、いつまで抱えてればいいんだよ。他の奴らと話すのもムカつく。笑いかけるのもイラつく。





「俺は悪くねーよな」


「えっ…ちょっ、なに?」





前を向けと促すようにしながら、後ろから抱き締めた。柔らかい体の感触と、柔らかく香るシャンプーの匂いが堪らない。焦る彼女を見て見ぬ振り。身を捩らせ始めたのを、がっちりと力を込めて抵抗する。テニス部の、あの、きっつい練習で鍛えられた筋肉は、ただの女の子であるおなまえに劣ることはない。





「なあ」


「……え。…なに?」


「俺な、本当はずっと前かr「ブンちゃんっ!乾かしてくれてありがとっ」



シュタタタタガチャッバタンッガタガタガタンッドンッ



「………………おう」




さっきの腕の力はどこへやら。するりと抜けられ、さっきのこたつの部屋に戻っていったであろう彼女。物音がガタガタと聞こえ、慌てている様子が想像できる。彼女らしくない姿に、動揺してくれたことだけでも嬉しく思う。顔は見えなかったけど、耳まで赤くなってるのは窺えた。「ちょっとでてくる!」「肉まん買ってきて」「あったらね!」男女の会話が聞こえてきてやっと、今、自分が何しようとしたか分かった。






「ブンちゃーん。なんしたーん」

「なんもしてねえよ」

「ふーん。あっそう」





抱きしめた感触は柔らかかった。もっともっと触れていたいと思うほど、吸い込まれるように腕を回した。いっそのこと心臓の音が伝わればよかったのに。その脈拍で好きだと伝えられたらよかったのに。ああ。やっぱり言えばよかったな。なんて思いながら、玄関のほうに向かい、仁王、わりぃ。留守番しとけよー!と残して、彼女を追った。



それはそれは、とある奇妙な夜のこと。




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