その日、事件は起こった。風呂から、柳が湧いてきた。綺麗な黒髪が濡れて、しかもオールバックもどきになって、何ら変哲もない普遍性に富んだ、紛れもない裸の柳が、我が家の浴槽に、ごく自然につかっていた。え、ちょっ…は?そう思った。なにしてんのこいつ、そう思った。わたしがシャンプーのために全力で目を瞑っていた何十秒の間に何が起こった。視覚は遮られていたが、聴覚は働いていたはず。うん、お風呂のドアが開いたような音もしなかったし、水音もしなかったはず。マジで待て、おい、柳!こっち見てんじゃねぇぇぇえええ!!!!

「なかなかいいカラダをしているな」

なんて偶然!ちょうど豆乳風呂の入浴剤入れてたところ。なので、柳の体は胸板までしか見えていない。いや、十分きつい。だって、意外と細マッチョ…。かっこいい……とか、お、思わないんだから!いや、今ごろなに興奮してんだ自分。てか、嘘つけ。何が、いいカラダをしているな、だよ。糸目野郎。開眼してないんだし、見えてねーだろうが。こんのやろう…。

「は?意味分かんない。何してんの?不法侵入?」

私は体を洗うタオルで体を隠すと、湯船に浸かってる柳が何やら語りだした。
いや、

▼ やなぎ が かたりだした ようだ !


「風呂に入っていたんだ」
「どこの?」
「自分の家だ。少し眠くなって、うとうとしていたらこの様だ。なんだ、俺もよく分からないんだ。俺は、何をしているんだ?」

「知らねーよ」

とりあえず、ここにいてもあれなので、私は、シャンプーを流して(柳には壁を向いてもらった)、お風呂の戸の向こうにセットしてあったバスタオルで体を拭き、パジャマに着替えた。

「いいよ、柳〜」

素直に向いていたらしい彼は、どうしたらよいものか…と呟いていた。あの、とりあえずお風呂から出て、服着せた方がいいですよね!

「ブンちゃーん!!ちょっと来てー!!」
「なんだよぃ…」

リビングのソファに寝そべって、テレビを見ながら、お菓子を食べているだろう我が双子の兄:ブ(ン)太に、一声かけるとやってきた。

「うおおおお!!!柳、何してんだよ!何かされてねぇか!」
「若干、カラダを拝見した」
「てめっ!表出ろやぁぁああ!」
「分かった」
「ちょっ、分かんなよ!柳やめて!立つな!」

柳に視線は落とさず、そのままでいいから!と肩を押すと、分かった。と柳。うん、それでいいです。ブンちゃんはあわあわしている。お父さんとお母さんが、旅行でよかったよ。ホントに。

「柳に服着せたいから、ブンちゃんの服貸してあげて?」
「仕方ねえな!新品のボクサーやるよ」
「すまない」
「早い、早いってば!」

二階にボクサーを取りに行ったブンちゃんを見送ったあと、すぐに立ち上がろうとする柳の下半身を見てはいけないと思い、柳にバスタオルを投げ付けて、お風呂場の脱衣所から出た。危ない危ない。腹筋まで見てしまった。ブン太も、ボクサーと黒のスウェット(もちろん上下)を持って、じきに帰ってきて、ほれよ!っと柳に渡しているよう。










「で、帰れよ。なに、ソファで一緒にくつろいでんの。え、柳、このドラマ見てたんだキモ」
「キモとはなんだキモとは」

結構おもしろいぞ、なんて勧めてくる柳だけど、もう、スウェットとか着たんだから、帰りなさいよ。なんでだよ。帰れよ。柳と話してると面倒くさいから、だるくて面倒なんだよね。要するに、ただただ面倒。嫌いじゃないけどブン太とお話する時間ないじゃん。ブン太?なに、ケーキ出してんの?"この時間に、こんな甘いもの食べてたら太るぞ?"、"いーのいーの、たまには!"、じゃない!そしてそのケーキは私のだよね!!ブン太もブン太だけど、柳………っ!

「だが、これを食べてしまうと怒られてしまうのでな。なぁ?」
「うるさい。柳帰れよ」
「いただきます」
「やめろおおおお!!!!」
「では、このケーキと引き換えに今日は丸井家にお泊まり決定だな。ちょっと電話を借りるぞ」
「おー」

こうして、のび太のごとく風呂から現れた柳(あ、今思えば髪型ちょっと似てる)は、自宅へ帰らずに図々しく寛ぎ、挙げ句の果てには不公平な取引をして丸井家に泊まっていくこととなったのであった。






「柳ー!寝るのは、俺の部屋は(散らかってて)狭いから、こいつの部屋な!おやすみ!!!」
「ちょっ!…は?!ブン太!!逃げんな!!!うわ、鍵閉められた…」
「よし、折角だ。思い出に残る熱い夜にしような」




「……」

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