valentine | ナノ


かしゃかしゃ、かしゃかしゃ。
必死にボールの中身をかき回す名前を、秀星はテーブルに肘をかけながらぼんやりと眺めていた。
キッチン貸してなんて言い出すからなにかと思ったら、今日はバレンタインでしょうなんて歌うように軽やかに返された。
バレンタイン、そういえば昔そんな名前の行事があったらしいなぁなんて考える。


「もう少しチーズ感があってもいいのになぁ…むう」


難しそうな顔で人差し指を加えている名前に何を作っているのか訊ねれば、にぱっと笑いながらティラミスだよ〜と間延びした返事。


「クリームチーズじゃなくてマスカルポーネ使えばよかったのかなあ」


形の良い唇を尖らせて再びボールの中身を掬った名前の人差し指を少々乱暴に奪う。そのまま口に含めば名前は顔を真っ赤にして大きな瞳をぱちくりさせた。


「かかか、縢く、」
「ん、美味い美味い」


ぺろりと舌なめずりすれば、名前は酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせる。


「も、もう縢くんにはあげませんっ」
「…へえ、くれるつもりだったんだ?」


お優しい監視官様だねえ。犬なんかにも作ってくれるんだ。そう言って自嘲気味に笑むと、名前は悲しそうに顔を歪めた。ああ、そんな顔をさせたいわけじゃないのに。そう思うものの、いつも笑っている名前の顔を歪ませられたことに優越感を覚えている自分もいて、そんな自分に嫌気がさした。


「縢くんは、犬なんかじゃないよ」
「…うん、悪かったって」


ぽんぽんと頭を撫でてやれば、とうとう目の下にたまっていた涙がぽたりとボールの中に落ちていった。ただただきれいだなあと思う。彼女と自分はやっぱり違うんだとおもうのだ。そんなことを言ったら怒るだろうから言わないでおくけど。


「縢くんと私はおんなじだよ」


どきりと心臓が跳ねた。のろのろとボールから視線をあげると、まっすぐにこちらを見つめる名前と目が合う。普段は鈍臭そうなのに、何故こういうときだけ鋭いのだろう。秀星は名前のこの目が苦手だった。


「わたしと秀星くんは、おんなじ、人間なんだよ。だから…んっ」


それ以上は聞きたくなくて乱暴にその唇を塞げば、くぐもった声が漏れた。ぐらりと揺れた瞳はやがてふつりと閉じられる。からんとボールが床に落ちる音は、心臓の奥にまで響いてきた。息がつらいのか生理的な涙が頬を伝う。やはり彼女は綺麗だと秀星は思う。自分が要らないと捨ててきたものを、彼女はまだ持っているのだろう。綺麗な、ままで。
泣いてるの。切れ切れにそう問うてくる名前に聞こえないふりをして唇を塞ぐ。「ばかだねえ、名前ちゃんは」情けない顔を見られたくなくて、目蓋に唇を押しつけた。頬を伝うのは、名前とは違う、綺麗ではない涙。


あなただけの怪物にしてください

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