valentine | ナノ


半透明なピンクからのぞくそれを渡せば、元就と元親は二人して目を見開き固まってしまった。恐らく、全くもって不愉快なことだが同じことを思っているのだろう。この二人の思考がシンクロするのを私は初めて目の当たりにしたのかもしれない。


「はっぴーばれんたいーん」


照れ隠しするようにお茶目にそう言ってみた私に、漸くフリーズ状態から解放された元就が無言でそれを見つめる。


「貴様が作ったのか」
「まさか。買ってきたのを包装しただけ」
「だよなあ!名前が手作りとか、ないよなあ!!」


失礼極まりないことを豪快に笑いながら言ってのけた元親の憎たらしい顔面に水色の袋をぶつけてやった。痛い痛いと喚き散らすが、私の良心はこれっぽっちも痛みはしない。むしろあの憎たらしい顔面を崩せたことに満足しているくらいだ。ざまあ。


「で、なぜドーナツなのだ」


煩わしそうに元親を一瞥してから、元就は彼には似合わないピンクの袋に入ったドーナツを眺める。元親はひでえと涙目に訴えるが、この光景は最早日常茶飯事で、ましてや元就が元親のことなど心配するはずがないのだ。そんなことがあった日にはこの惑星から酸素が消えるだろう。


「ちょうど店があったし、なにより私が食べたかったから」
「……」
「お前が食べたかったからかよ」


元就の無言に重ねて元親が突っ込む。我ながら自己中な理由だが仕方ない。だってドーナツ食べたかったんだ。


「要は、我らのはついでというわけだな」
「だがホワイトデーは倍返しな!!」


どや顔でそう言って親指を突き立てれば無表情の元就はゆっくりと白くて長い指をこちらに近づけてくる。綺麗だなあなんて思っていた次の瞬間に私の頬はぐいと引っ張られる。痛い。


「はの、いひゃいんれすけど」


この細指のどこにそんな力があるというのだろう。わたしの頬をつねられた顔がよっぽど滑稽だったのか、先程の仕返しとばかりに笑い出す元親を元就はいつものように凶悪な笑みを浮かべはっ倒した。ざまあ。


「まあいい。せっかく貴様が買ったのだから食してやらんこともない」


当然だと思ったがそんなことを口にした日にはまた地獄を見るので(それも先程より壮絶な)ありがとうと心にもないお礼を告げておいた。それが意外だったのか、少しだけ固まった元就はふんと鼻を鳴らす。照れているらしい。可愛いなあなんてにやにやしていたら、横に転がっている死体のせいでその空気が台無しだし何よりむかついたので横腹あたりを蹴ってやる。うげ、と蛙のような声をあげたそれにまだ生きているのかと舌を打った。


「…ドーナツの穴ってエロいよな」
「黙れ」
「失せろ」
「「死ね」」


仰向けの状態からそんなことを言ってのけた元親に、私と元就は容赦ない追い討ちをかける。元親を貶めることに限って我々は凄まじいシンクロ率を叩き出すのだ。


「残念だけど元親、そのドーナツはミスターだから」


そう告げれば、私たちの追い討ちに瀕死状態であった元親は弱々しい笑みを浮かべた。


「この笑顔はーひゃくにじゅうえーん」


某CMの歌を歌えば元就は鼻で笑った。本当にいい性格してるわこいつ。ほんの少しだけ元親に同情した。
それからドーナツをひとかじりすれば、そのあまりの美味しさに元親へのちっぽけな同情などあっという間に霧散してしまうのだ。


ドーナツのわっかの不思議
130215
瀬戸内にすると元親の扱いがひどくなるのはもうご愛嬌といいますか(なにがご愛嬌だ馬鹿者)拙宅の瀬戸内には甘さなんて皆無ですね。でもこういう何気ない日常ってのもいいんじゃないでしょうか(投げやり)いやもうほんと、すみません…

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