中学生のとき、仲が良かった男の子がいる。きっかけは偶然だったけれど、いつの間にかよく話すようになって、頑張る彼の姿を見て応援したくなって、長い時間をかけて彼への気持ちを自覚した。その気持ちを伝えることはなく、わたしはそのまま地元の高校に進学し、彼は東京に行った。
あきらめられると思った。元々、叶うなどとは思ってはいなかった気持ちだ。想えるだけで幸せだったのだ。遠い地で、彼を応援していられればそれでいいと思っていた。しかし、その予想は意外にも打ち砕かれる。打ち砕いた原因はこれまた意外にも、わたしの未練ではなく、彼からの突然の手紙であった。
苗字さんへ、から始まったその手紙は、わたしの彼への気持ちを再確認させるのには充分すぎるほどであった。こんなに嬉しくて苦しくてどうしようもないのに、あきらめられるわけがない。降谷くんへ、から始まる返事を書いて彼の元に送る。こうして始まった不思議な文通は、今もまだ続いている。

北海道の冬は長い。雪が降ってわくわくする気持ちも成長するにつれ段々と薄れていき、今となっては早く春が来て雪が融けないかな、とそればかり思っている。北海道の春は短い。春が来たところでそれは直ぐに去って、夏が来る。彼が輝く、夏が。
そういえば、と思い出す。わたしと彼が出会ったのは、冬のはじめの方だった。白い雪がちらちらと降る中、高架下でひとり投球練習をしている彼を、わたしが偶然見つけたのだ。最初は彼が何をしているのかがわからなくて、ボールが壁にぶつかる音にびくびくしたりしていたけれど、いつも見つける背中を応援したいと思い始めたのは一体いつだっただろうか。同じクラスだったにも関わらず、それまでわたしは彼のことを全然知らなくて、接点なんて何もなかったのに。思い出して、くすりと笑う。

『苗字さん?』
「あっ、ごめんね。ちょっと思い出し笑いしちゃった」

こうして彼の気まぐれでくる電話にも、初めは驚いたものだけれど今はもう慣れた。なんとなくで続いている文通と、ごく稀にくる電話が彼との繋がりだ。彼は寮にある公衆電話から、わざわざ電話をかけてくれているという。なにもそこまでしてくれなくても、と思うし、どうしてそこまでしてくれるのだろう、とも思う。けれど結局のところ、嬉しいからわたしは何も言えないのだ。

「野球部、朝練あるって言ってたよね?大変だね」
『うん。でも、楽しい』

彼は思っていることが顔にも声にも出る、とても分かり易い人だった。電話の向こうの彼の表情が手に取るようにわかって、本当に楽しいんだな、よかったな、と思う。そしてふと、思う。北海道と、東京。

「…降谷くんは、帰って来ないんだよね」
『うん。こっちの方があったかいし…自主練できるし、投げる場所もあるし』
「…そ、っか」

雪が降ったら、あなたのことが浮かぶ。きっと頑張っているんだろうなって、届くはずもないのに応援している。雪が降る中、大きい背中を見つめていたあの頃とはもう違うけれど、わたしはいつだって、あなたのことが気になって仕方がない。

『そっちはもう、雪降ってる?』
「うん、積もって真っ白だよ。寒くて朝とか起きられない」
『苗字さん、よく寝坊してたもんね。まだ遅刻魔?』
「ち、違うよ!」

ちょっとしたことでも、わたしのことを覚えていてくれているんだなと思うと、嬉しくなってしまうなんてわたしは簡単な人間だ。

「…降谷くん、夏は暑くて大変だって聞いたけど、冬は元気そうでよかった」
『うん、元気』

あんなに暑くなかったら、夏だって元気。というか、夏も元気。と強がりまじりに言う彼に笑う。苗字さんだって、こっちで夏過ごしてみなよ。そのままの、少しむすっとした声でそう言われる。そっちで夏、過ごしてみたいよ。あなたのことを応援しに行きたいよ。中学のときは結局1度も見られなかった、あなたの投げた球がしっかりと受け止められるところを、見たいよ。ーわたしには想像もできない、夏。

『苗字さんは』
「えっ?あ、うん」
『どうなの?元気?』
「もちろん元気だよ」
『手紙、寒いとか雪困るとか、そういうこと書いてあったから。冬嫌いなのかと思って』

冬なんて、凍ったら滑って転ぶし、学校への道は忙しいし、寒くて朝起きられないし、嫌なことがたくさん起こる。でも、嫌いになれるわけがない。あのときの出会いを、いつまでも忘れられないのに。

「冬は、好きだよ。降谷くんが練習した後にボール拾い一緒にするの、楽しかった」
『そんなこともしたね』
「うん。降谷くんは、わたしの特別だから」

…あれわたし、今なんて言った?

『……特別?』
「えっ!?あっ、うん!特別!特別に……えっと、仲良くしてくれた、人!」

ぽろりと口に出してしまった本音を彼がどう受け止めたのかはわたしには分からない。しかし動揺が表にも出てしまったわたしとは対照的に、彼ははっきりと呟いた。

『…僕もきみが、特別だよ』
「…えっ!?」
『こんなに遠い所にいるのに…会いたくなる女の子なんて、きみくらい』

なに、それは、わざと?



切れた電話を見つめて、はぁと溜息をつく。あの言葉が気になって気になって仕方がない。

「………会いたい、なあ…」

今は全く言う気はないし、届かなくていいと秘めている想いがある。必死で野球に立ち向かっている彼の邪魔をしたくないし、そんな彼だからわたしは惹かれたのだから。
窓の向こうでは、今も雪がしんしんと降っている。わたしはいつだって、あなたを応援していたい。
我ながら酷い片想いだ。こんな想い、いつまで続けるの。でももうやめられない。あきらめたくない。だって、だって。

「……すき、です」

こんなに遠い所にいるのに、会いたくなる男の子なんて、あなたくらいしか。


遠い地からではあるけれど、わたしは、春も夏も秋も冬も、あなたを応援しています。

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