放課後、御幸が女の子に告白されてるのを見てしまった。「わたしの方が御幸先輩の彼女より御幸先輩のことが好きです」だって。そんなことあるわけないし、御幸はその子の告白を断っていたからそれはそれでいいんだけど。でも、わたしの知らないところで本当はいっぱい女の子から告白されてるのかなって思うと、一応御幸の彼女ってポジションにいるわたし的にはどうしても胸がチクチクして嫌な気分になるわけで。
 よりどりみどりの御幸にわたしみたいな何の取り柄もない女が選んでもらってること自体奇跡だなと改めて思った。わたしは御幸のことが誰よりも何よりもすっごく大好きだけど、御幸はわたしのこと本当はどう思ってるのかなって考えて、ときどきちょっと不安になる…。



 学校の屋上は高いフェンスで囲まれてるのに、何年も前から危険区域で閉鎖されてる。毎日見回りをしている先生たちは南京錠のかかったそこにすっかり安心しきって中を確認しようなんて思わないけど、本当はごく一部の生徒が授業をさぼるのだったり暇つぶしだったり、告白の場所に使ってたり、(これは本当は黙ってちゃいけないんだけど)いじめの場所として選んでいるってことはもはや生徒の間では有名な話だ。そして、わたしのこのモヤモヤな気持ちを一掃するにもとても最適な場所である。

 びゅうびゅうと吹き抜ける冷たい風がスカートを靡かせ、頬がみるみるうちにキンキンに冷えていく。きっとあと数分もすれば鼻の頭は真っ赤に染まり、冷え性なわたしの手足の先は氷のように冷たくなるだろう。気持ちを落ち着かせて、頭を冷やすのにこれ以上最適な場所はない。
 ふう、っと大きく息を吸い込んで両手を茜色の空へ掲げ、背筋をぴーんと伸ばしてみた。なんだかそれだけでさっきまでのドロドロの気持ちが少しだけマシになったような気がするから単純な人間で良かったなぁって思う。ついでにこのまま夕日が落ちるまでここにいようかなとか考えていたんだけど、そんな思惑は一瞬にして消え失せてしまった。なぜならだって誰も来やしないと思っていた屋上のドアからひょっこり御幸が顔を出したんだから。

「こんなとこでなーにやってんの?」
「うっわ、御幸…」
「うっわってなんだよ、うっわって」

 酷い言われようだな、っと笑いながら御幸はテクテクとわたしの前まで歩いてきた。いや、だってまさか御幸がこんなところに来るだなんて一ミリも考えてなかったから。ただでさえ可愛げのない自分の、さらに可愛げのない発言にうんざりしているのはわたしだって同じことだ。不幸中の幸いと言えば、わたしのいけすかない発言よりも御幸は寒さの方が耐え難いらしくて「さむっ」と言いながら息をはーっと両手に吹きかけ、フェンスに背中を預けている。そんなに寒いならどうして屋上なんかに来たのだろう。

「お前の背中が見えたから追いかけてきたんだよ」
「……そう」

 ああ、もう本当やだ。もっと可愛い切り返しなんていくらでも有るだろうに。
 素っ気ない返事を繰り返すわたしを機嫌でも悪いのかと誤解した御幸が顔色を伺うような視線を寄越してくるから、なんだかもう居たたまれない気持ちになった。確かに虫の居所は良くないけど、御幸に当たった方がそれこそ本末転倒なのに。

「機嫌悪い?」
「別に悪くないよ」
「嘘つけ。わかった、腹でも減ってんだ」
「減ってないよ!」
「あ、怒った」
「…怒ってない」
「なんだよ、じゃあどうした」

 カッカしないで言ってみろよ。と優しそうな顔でわたしを甘やかそうとする御幸の優しさが今だけは重たくわたしにのしかかる。
 言えるわけないじゃないか。告白されてるの見ちゃったとか、それで不安になっちゃったとか、天邪鬼なわたしがどうしてそんなこと御幸に言えるの。そもそもさっき告白されたこと黙ってられるのもなんか癪だし、でもかと言って報告されてもムカつくけど、とにかく今のわたしはまだ頭に血がのぼったままで冷静な言葉を紡ぎだすことが困難なのだ。いいから放っといてほしい。だから「寒いなら戻ればいいじゃん」とか冷たい言葉を御幸に浴びせてしまうのだ。

「まぁまぁ、落ち着きなさい」

 御幸はこういうとき、どうしたらわたしを甘やかすことが出来るのかその方法を知っている。ポケットからいちごミルクの甘い飴玉を取り出して「お前これ好きだろ」と言ってわたしの手にそっと握らせてくれるのだ。イライラしてるときはカルシウムと、わたしの頭にぽんぽんと大きな掌を乗せて小さい子どもを宥めるように穏やかに笑って。
 わたしからしてみれば、こんな小さな飴玉から有るのか無いのかわからないカルシウムを摂取した気になるよりも、よっぽど御幸にこんな風に触れられることの方が効き目があることをこの男はきっとわかってるんだろう。甘いものはそんなに好きじゃないくせに、飴玉を持っているのだってどうせわたしのためなんだ。
 ずるいやつ。でもすごく好き。誰よりも本当に大好き。御幸はどうしてわたしと付き合ってくれてるんだろうかとそう思うたびに同じようなことばかり考える。だってさ御幸くらいの人間になら、わたしなんかよりずっといい人がすり寄ってくる。たとえばほら、昼間の後輩ちゃんみたいに。彼女がいてもいなくても関係なく御幸に色目をつかってる女子は数えきれないほどいるんだ。それがすっごく嫌で嫌で、わたしはギュッと下唇を噛みしめた。

「好きだバカ」

 だからお願いどっかに行かないで。こんな寒いところに取り残されても、わたしは一人で歩いてなんかいけないよ。


◆冷たい風に逆らって

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