自分でもびっくりするくらい、俺は彼女に対して素直になれない。優しくしてあげられない。好きな女の子のこと、本当は大事にしてあげたいし、自分は部活が一番だから結構我慢させていることも知っている。だけど、どうしても素直になれない。昔は、今よりもうちょっと素直だった気がする。兄としてのプライドとか、レギュラーの座とか、守りたいものが多すぎて、弱音と同時に本音をギュッと飲み込んでいたらいつしか素直な言葉が一切言えなくなってしまった。毒ばっかり吐いているから「怖い先輩」ってレッテルを貼られているし、優しくて気弱な外見をしている春市を見た人から「弟と全然違うな」って何回言われたかもわからない。

「たまにしか構ってくれないのに、どうしてそういうことばかり言うの」
「ごめん」
「わたしいっぱい我慢してるのに、ちょっとくらい優しい言葉かけてくれてもいいじゃん」
「……ごめん」
「もう、亮介なんか知らない」

 ぐすぐすと目の前で泣いていた名前は、もう知らないっ、と言いおいて駆け出していった。教室に一人取り残された俺は、重たい溜息を日誌にぶつけるしかなかった。
 事の発端はデートの約束に起因する。部活の休みがうまいことクリスマスに重なったのだ。休みといっても午前は普通に練習があるから会えるのは午後だけなのだけれど、それでも名前は嬉しかったらしい。学校やメールで、「どこに行く? 何する?」って楽しそうに聞いてきた。俺は部活三昧で遊ぶのにいい場所も知らない有様だから、当然のように女の子が行って楽しい場所も知らない。だから「あそこは? ここは?」と候補を挙げてくる名前に、良かれと思って「名前の好きなところでいいよ」って返していたのだ。何度目かの似たような会話の最中に急に名前が不機嫌になった。

「亮介、ちゃんと聞いてるの?」
「聞いてるよ」
「嘘! だって何聞いても生返事しかしないじゃん。わたしが一生懸命に考えてるのにどうでもよさそうな返事ばっかりして」
「そんなこと思ってないけど?」
「どうでもよくなかったら、ちゃんと意見言ってくれるはずだもん。亮介は部活に夢中でこっちのこと興味なくて、わたしばっかり楽しみみたい」

 俺だって久しぶりに遊びに行くことを楽しみにしてるし、なんで名前が怒っているのかわからなくて、ちょっとめんどくさいなって思ったのは否定しない。だからちょっとした意地悪のつもりで「野球するためにわざわざここまで来たから当然だろ」って行ってしまったんだ。

「亮介の馬鹿っ!!」

 そう叫んで名前は駆け出してしまった。流石にちょっと言いすぎたかなと反省したけど、俺の足は動かないままだった。すると入れ違いにクラスの奴が入ってきて俺の姿を認めるなり口を開いた。

「な〜小湊。今お前の彼女が教室から泣きながら飛び出して行ったんだけど」
「ああそうだね」
「追いかけねーの?」
「なんで怒ったのかわかんないし」
「うわっ、サイテー。追いかけて行って謝ってやれよ」
「……それくらい、わかってるよ」

 名前がどこに行ったかくらいは検討が付いている。泣きながら校舎を飛び出すことはすまい。特別教室棟のどこか、人がこなさそうな空き教室に向かったに違いない。部活遅れるとまずいと頭の中で理解しつつ、それでも彼女を探すために俺は走った。


「見付けた」

 案の定人気のない教室で泣いていた名前は、声に反応してゆっくり顔を上げた。

「なんで来たの」
「いや……さっきは悪かったと思って」
「……鈴木くんになんか言われたんでしょ」

 名前は、なんでもお見通しみたいだった。赤くなった目で、鋭く俺を睨みつけながら彼女は言う。

「なんで怒ってるかわかってる?」
「さっき俺が言いすぎたから」
「違う」
「え」
「それもあるけど、違うよ。わたしは亮介がわたしに野球に向ける感情の十分の一でもいいから向けて欲しかったのに、全然向けてくれなかったとこに怒ってるんだよ。デートだっていつもわたしが行く場所考えてるし、誕生日もわたしは亮介がどうやったら喜ぶかなって一生懸命考えて渡したのに亮介は何が欲しいって聞いてくるし、……ちょっとはわたしに興味持ってよ!!」

 初めて聞く名前の感情だった。衝撃とともに身体が震えたのは、室内なのに冷房が暖房が効いてない寒さのせいなのか。それとも。

「もう、わたし、無理。亮介、別れよ?」

 それとも、無理に作った笑顔から白く吐き出した息とともに吐き出される、彼女の言葉を予感してのことなのか、俺にはわからなかった。

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