「舜の手は綺麗だね」



いつもの投球練習中。ふと、彼女である名前の言葉を思い出した。つい先程まで小休憩中だった時に言われた言葉だ。聞き返す間も無く練習が再開された為、その言葉の真意は分からぬまま。次のバッターが準備する少しの時間に思い出し、事の発端である彼女をちらりと見た。我が明川高校野球部のマネージャーである名前は休憩で使われたドリンクやタオルを綺麗に片付けている。

俺の手が綺麗?…自惚れているわけではないが、当たり前だと返していたと思う。野球部で、何より投手だからという理由が一番にある。まぁ、俺はそれくらいしか思いつかないのだけれど。そう言えば、付き合って間もない頃に同じ様な事を言われたな。
あの時はまだお互い余所余所しくて周りにひやかされる事も多かった。それに加え名前は赤面症なのかすぐ照れる、すぐ真っ赤になるから俺も照れてしまったのは良い思い出だ。今は俺が完全に主導権を握っている。




「舜ー!いいぞー!」



どうやら考え込んでいるうちにバッターの準備が出来ていたようだ。待ちくたびれた様にバットを振り回す同級生に二つ返事で俺は投球フォームに入った。






▽▽▽



「………寝ているのか」




いつものように練習が終わり、いつものように俺たちが最後まで残っている。俺はフォーム調整などの為、名前は後片付けの為だ。今日は片付けが早く終わったのか日誌を書く為に部室に戻っていた名前はノートを枕に寝ていた。部室に入る時、物を落とした際に盛大な音がしたのだがそれでも起きないとなると余程ぐっすり夢心地なのだろう。


特にする事も無し、時間が来たら起こせば良いと考え暫く名前を観察する事にした。彼女が着ているジャージには少し泥が着いていて、マネージャーも大変なんだと思うと同時に名前も明川野球部の一員なんだなと実感した。
生憎、枕と化したノートは見えないがシャーペンを握る手はばっちり見える。真っ白でも無く褐色でも無く、程良く焼けた肌は少しささくれが見受けられた。暑い夏と言えど水仕事は肌に応えるのだろう。思えば名前は常にハンドクリームを塗っていてその度にまた切れた、と嘆いていた気がする。しかし、それを大っぴらげに見せず自分の、マネージャーとしての仕事を全うしている名前を俺は尊敬している。
彼女の指に自分の指を絡めた。部室の暖かさを受けた彼女の手は少し温もりを感じる。二人だけの空間。寝ている彼女は無防備で寝顔は安らかに、笑っている様にも見えた。



「謝謝」



静かに寝息を立てたまま、返事は聞かなくとも良い。きっと答えは決まっているし、分かっている。幸せそうな名前の寝顔をしっかり見て指を絡めたまま体勢を落としその温かい指に口付けた。
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