「あ、御幸くん」
「名前先輩、お疲れっす」


『御幸くんこそ、お疲れ様』といつもの笑顔を浮かべながら、言う先輩。そんな彼女との出会いは、高校入学してからだ。気付けば、好きになっていた。いわゆる、一目惚れってやつだ。だが、その気持ちに気付いてた時には既に遅かった。先輩は、――哲さんと付き合っていたのだから。

先輩たちと話していると、よく名前先輩の話題になる。でも、名前先輩のことを悪く言う人を聞いたことがない。…と先輩たちも口を揃えて言っているところからして、クラスでも先輩は慕われているのだろう。あの愛嬌があれば、絶対に嫌われることはないと。先輩たちもそうだったが、俺もそう信じて疑わなかった。

“相手が誰であろうとも分け隔てなく接して、誰からも愛されるすごい人”
それくらいの認識でしかなかった。けれど、それは先輩が必死で守っていたものだった。あの野球部のマネージャー。そして、その主将の彼女。さらに、成績優秀、才色兼備ときた。その非の打ちどころのない彼女に嫉妬を抱く女子というものは多かったのだ。

最初に見つけたのは、俺だった。

それも偶々偶然で、俺があの時見つけてなかったら絶対に言わないつもりだっただろう。しかし、『誰にも言わないで』と。なおも彼女はそう言い張って、聞かなかったのだ。そこからは、彼女の言うとおりに誰にも言わず、ただ、名前先輩がどうしても辛くなったら、話を聞くという俺たちの不思議な関係が始まった。


「甲子園、行きたかったな…」
「…そうっすね」
「長いようで、早かったなあ…」


寂しそうに笑う名前先輩に、正直複雑な心境だ。俺たちが甲子園に行っていれば、長引いていたんだから。そして、それと同時に、名前先輩に対する嫌がらせも長引いていたということ。甲子園にいけなかったということに対しては辛いし、悔しくてたまらない。けど、名前先輩に嫌がらせがなくなるのなら、こういう結果でもよかったんじゃないかという考えは生まれていた。きっと、それを先輩に言っていたら、怒られていると思うけど。

先輩たちが引退すれば、名前先輩の傍には、名前先輩の友達以外に哲さんがいる。これでやっと、安心して名前先輩が学校生活を送ることができる。そう思ったら、俺も悔しいけど、逆に良かったと思えた。俺が守ってあげたかったけど、正直、俺じゃ引き出すことのできない笑顔を、哲さんは引きだすことができる。

だから、引こうと思うことができたんだ。


「名前先輩」
「ん?どうしたの?」


優しく接してくれる名前先輩に、何人の男が引っ掛かったのだろう。けれど不思議と哀れには思えない。自分も、その中の一人なのだから。こんなにも魅力的な名前先輩に出会えて、恋をして。どうしようもなく、憧れた。それは、よかったと思える。


ねえ、名前先輩。

もし。
もしも。


「目」
「え?」
「目、閉じてください」
「やっ、やだよ…!」


もしも、君が瞳を閉じたなら。
僕は、


「ははっ、冗談すよ」


恋じゃなく、憧れの気持ちを込めて、キスを贈りますよ。
―――瞼に。
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