透明な声は柔らかく響く。落ち着いたトーンが心地いいと思う。ゆったりと余韻を残して消えていくそれを掴むことができればいいのに、とぼんやり考えることがある。
「白河先輩」
 その、壊れ物のような声を。
 髪をかきあげる仕草が美しかった。ほっそりとした白い指先と、零れ落ちるさらりとした髪と、伏し目がちな憂いを帯びた表情。
 誰が見ているかもわからない寮のロビーで、噛みつくように口付けた。

 他の男の隣を歩く彼女を見た。
 同じクラスの多田野を振り回すように伴っている姿はよく見るが、今回ばかりは全く知らない男だった。垣間見えた横顔は柔らかな笑みを浮かべている。それは、自分以外の誰かに向けられることでしか見ることのない顔だ。
 出会ったときから作り笑いの上手い女だった。
 暖かく穏やかで、そのくせ不意に背筋の凍るような冷たさを感じさせる、冬を間近に控えた小春のような女だった。
 身体に触れようと伸ばされた手からするりと逃げて、彼女は自分の教室に入っていく。開かれた未知の世界を覗き見る気はとても起こらず、目に焼きついた揺れる髪とスカートにため息をつくしかできなかった。
 触れさせなくてよかった、と思った。そう思って、そんなことを考えた自分に驚いた。
 あの女に対する所有欲や独占欲を、持て余すことしかできないでいる。

 指の長い華奢な手を引いて自分の部屋に入った。困惑したままの彼女の制服に手をかける。甘く柔らかな匂い。解かれたリボン。ようやく、ふつふつと渦巻いていた欲求を彼女にぶつけることができる。
 後ろから抱きしめて首筋に唇を落とす。おぼつかない手つきでブラウスのボタンを外した。吐息交じりの抑えた甘い声を承諾と見て、頼りない背中を露わにする。カーテンを開けたままの窓から入る僅かな光でぼんやりと浮かぶその白さ。這わせた指が吸い付くような、しっとりとなめらかな肌だった。
 肩、項、肩甲骨の間。順に唇で辿る。無抵抗なのをいいことに、そのままそこをきつく吸う。驚いたのか、彼女は鋭い悲鳴のような声を上げた。少し場所をずらして、同じことを繰り返す。うっすらと浮かぶ鬱血の痕に優越感が頭をもたげる。
 小さく名前を呼んだ。彼女は俯いたまま、はい、と囁く。もう一度、呼ぶ。お前は俺のものだと、子供じみた思いをぶつける代わりに。
 幾度目かの返事の代わりに、彼女は微かに笑みを零した。
「わかっていますよ」
 丁寧に紡がれたその言葉がゆっくりと自分の中に落ちるまで、彼女の体温を腕の中に感じていた。
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