「ねえ、名前」
「うん、どうしたの?」


今日は高校から付き合っている彼氏との久しぶりのデートだ。それも突然呼び出されたから何事かと思いながらも、私は快諾した。…とはいっても、私はデザイン関係の仕事に、亮介はプロ野球には行かなかったが、大手企業に勤めながら社会人野球をしている。そのためなかなか時間が合わなくて、その話が出た二週間後に会うことになって、今日だ。


「前から聞こうと思ってたんだけどさ」
「うん」
「名前は何を今望んでる?」


正直、私たちはお互いにちゃんと自分の意志を持ち、それをまた良くも悪くも貫くタイプだから、平坦な道を歩んできたわけじゃない。喧嘩だって数えきれないぐらいしたし、もう修復不可能なんじゃないかと周りに心配されるぐらいのところまでいったことだってある。

だけど、そのおかげで今まで不満を抱えたことなんてなかった。お互いがお互いに言いたいことを言って、受け止めて、の繰り返しで、考えていることが分からないなんてことはなかったから良好な関係を築けていったと思ってる。

けど。今日の亮介はなんだかおかしい。


「…一体、どうしたの?何か変なものでも食べた?」
「何?早く一緒に寝たいって?」
「あのねえ、」
「…いいから。早く言ってよね」


突然『何を望んでる?』と言われたって、出てくるわけない。大体、どういった意味でそう言っているのかさえ、私には分からないのだから。けれど、こう言い始めた亮介は絶対に何も言ってくれない。せめて、ヒントぐらいくれたっていいのに。


「何を望んでるって言われても…まあ、仕事も起動に乗ってるし、今は十分に満足してるよ?」
「だから、そう言う意味じゃなくってさ」


亮介が一体、どういう気持ちで私にこう聞いてきたのかは分からない。けれど、何も言ってくれなかった亮介が悪いんだからね。私はただ、素直に答えるだけだから。そう思いながら、


「…まあ、もう私も若くないしさ」
「うん」
「いい年を迎えたし、私もそろそろ…考えるよ」


『身を固めたいって』と私は言った。こういう意味じゃなかったなら少し辛いけれども、でも、もう。…そろそろ考えていたことだった。

亮介だって今、やっと芽が出てきた感じで調子が出つつある。だから、もし。もしも、亮介に“私との今後”の意思がないのなら、そろそろ考えなきゃなと思っていたところだった。けれど今私がこんなこと言ったらいけないんじゃないかなと思ったらずっと言えなかった。応援する側で、こんな生活スタイルを変えるようなことを言っちゃいけないと。でももう、お互いにもう26と、結婚適齢期。そろそろ、考えてしまうでしょ?


「だから、名前」
「…これ以上私に何を言えって言うのよ」
「名前は何が欲しい?何が望み?」


亮介がおかしい。なんで、こんなに質問攻めなんだろう。しかも、あの腹ただしいぐらいにこやかで、苛立つぐらい嫌味な言動が今日はない。…何が欲しいって、何が望みって、


「比較的綺麗なうちに、ウェディングドレスが着たい」
「うん」
「クラブハウス的なところでもいいから、ちゃんと結婚式挙げたい」
「うん」
「あ。でも十二単は着たいよ」
「…何でそこなの」
「いいの!望みだから!あと、…一軒家じゃなくってマンションに住みたい」
「…うん」


まるで子供のように、叶うかもわからない夢を語っちゃってる私を、冷めた目で、呆れたような目で見てるんだろうなあと思いながら亮介のほうを見てみれば。…私は一瞬、戸惑った。そんなんじゃなくって、…私をまるで愛しむかのような。そんな表情で。


「名前でもちゃんと夢はあるんだね」
「当たり前でしょ!…あ、でも」
「何?」

「私は叶うなら、その全てを…亮介とがいいよ」


どうしても言えなかった。『プロに行く』その夢を叶えることはできなかった彼だけど、就職してからは社会人野球でいい成績を残しつつあって、注目されつつあって。やっと、やっと、夢に近付けつつあるんだ。なのに、私がその邪魔をしていいのか?と。

だからずっと、言えなかった。
『亮介と結婚したい』って。


「名前、マジでバカじゃない?」
「はあ?!」
「そんなの、当たり前じゃん」


「俺以外に、誰が名前の面倒見れんの?」


ああ、やっぱり。
やっぱり、私には…彼しかいないんだよ。

自然に私の目元から、水滴が落ちる。これは、喜びの涙。…ああ、私。今、すごく幸せだよ。


「仕方ないから、名前の望むものは全てこの俺が叶えてあげるよ」
「…りょう、すけ…?」
「その代わり…」



「名前の一番はずっと、今も、この先もずっと、俺に頂戴」