「いさーしきー!!」

 その広げられた両腕に苦笑いが溢れる。抱きつきに来いという小っ恥ずかしいメッセージが含まれた動作に照れ隠しでか口角を上がる。だが俺は、少女漫画のようにヒロインを抱きしめに行くなんてキャラじゃねえなと結論に達し笑みを苦笑いに変えた。そうした矢先に名前が勢い良く抱きついて来て少しの衝撃に対する驚き同時に腹の辺り埋められた名前のその優しい暖かさがくすぐったくてたまらない。思わず離れてくれと肩を掴んだのに名前が幸せそうに俺の腹に顔を埋めていたから甘やかしているとはわかっていてもどうしてもそれが愛おしく掴んだ肩からそっと手を離した。

「珍しいな、抱きついてくるなんて。なんかあったのか?」
「伊佐敷が見えたから!」
「そーかよ」

シャツ越しに伝わる感覚がくすぐったくて言葉になんてしないけれど幸せで。名前の楽しそうな顔を見て小さな幸福感に包まれながらあまりのくすぐったさに身をよじりそうになり、それでも力を入れてどうにか耐える。そうしたら名前は俺の腹のあたりにべったりとくっつけていた頬を離し俺を見上げた。どうした、と名前のシャツの背中の辺りに手をやり聞いてやると名前はこれでもかと顔を緩め、その顔を見られたくないのか再び俺の腹に顔を埋める。

「伊佐敷! わがまま言っていい?」
「金欠だぞ」
「お金はかかんない」

その言葉に家の貯金箱に底蓋があったかどうか必死で考えていたのをやめて安堵の息を吐く。卒業祝いに自分に買おうとしていたバットは断念すべきかと思っていたのに、ありがたいことに金はかからないらしい。金がかからない。そう言われても名前がなにを欲しているのか全くわからず俺は顔をしかめた。身近に居る女として自分の姉を思い出してみてもアイツらはなにが欲しいかと言われればブランドのバッグだとか最近オープンしたエステだとか金のかかるようなことしか言わないので参考にならない。女は金のかかる生き物だと散々父親に説かれた俺の貧相な頭にはその“金のかからないワガママ”が全く思いつかなかったのだ。

「で、なにが欲しいんだ?」
「なんだと思う?」
「……俺の第二ボタンとバッテ」
「それもほしいー」
「まだあるのか? ワガママ女」
「うん!!」

 なんだろうか。腹に顔をうずめたままの#nam2#の頭を撫でてやりながら考えたけれど思いつかない。名前はどうやら俺の腹筋を指でなぞってはいくつ割れているか数えていたけれどそんな姿を周りがみたらただカップルがじゃれているようににしか見えないんじゃないだろうか。付き合ってはいるもの周りからそう見えていると考えると無償に気恥ずかしくて、たまらず体を離そうとしたしたがいざそうしてみると名前は真剣に俺の腹筋の数を数えていて、気にしている俺が馬鹿のよう思えそっとため息をつく。

「お前、周りからどう見られてるか考えたことあるか?」
「伊佐敷の腹筋数えてる」
「俺から見たらだろ」

力尽くで引っペはがしてしまってもよかったのに、そうしなかったのはなんだかんだで俺がこいつに甘いとそういうことだろう。名前と会った1年の頃の懐かしい思い出の時から俺は随分と名前に甘く、その度に数々のブーイングを部内から受け続け「うっせえ!!」と怒鳴り続けてきた記憶は懐かしさありあまる初々しき高校生活の始まりから家庭学習期間に入るまでのつい最近まで次々と堰を切ったように思い出された。

「……ね、伊佐敷」
「あ?」
「さっきのわがままね」
「おう。所持金は1500円だぞ」
「あのね」

 名前が俺のシャツを握って、無理矢理俺の首を曲げさせると背伸びをした。けれども名前の背じゃ背伸びをしてもなにをしても俺の唇になんて届くわけもなく名前の顔をもうしばらく見てやろうかと思ったけれど名前がそろそろ辛そうに俺にしがみつくのでさっきまでくすぐったいなと思っていた腹の辺りにぴったりと名前の体を沿わせて腰の辺りを抱きしめてやる。

「聞いてやる、ワガママくらい」
「……ずっと、好きでいて」

ああ、なんだそんなことか。そんなことでいいのならお安い御用だとかなんとかそんなかっこつけた返事で名前を甘やかしながら俺は名前のその女の唇に口付けた。