「倉持」
「んだよ」
「これはなんでしょう」
「…輪ゴム?」
「これは」
「髪ゴム」
「これは?」
「ブレスレットじゃねーの」
「では私が今食べたいものは」
「知らねーよ」
「ドーナツだよ」
「知るかよ」

冷たいフローリングの上で胡坐をかく彼女は、プログラムに誠実なロボットのように淡々と俺に質問を投げかける。その質問の趣旨が全くそれは全く理解できていない俺だが、答えられる範囲であればその質問に答えておかないと、彼女の立腹メーカーがいつどこで爆発するかわからないため、首を傾げながらも単語を落としていった。

「じゃあ、これは」

そう言って右手の親指と人差し指で作った丸を俺の方にかかげながら、混じりけのない瞳を向ける彼女に俺はますます混乱し少しだけ息がし辛くなった。俺は知らぬ間に何か彼女の逆鱗に触れる様なことでもしてしまったのではないか。または作戦台無しの予感か。やべーぞやべーぞ、彼女同様冷蔵庫のようにクールでキンキンなフローリングの上で胡坐をかいていた俺だが、自然な動きで正座へとポーズチェンジだ。
考えようによっては誘導尋問とも捉えられる彼女の質問の羅列、俺はこの質問にはどのような回答をするべきか。指か、指でいいのか。左手でカリカリとフローリングを引っ掻いて、それでも正しいと思える答えは見つからずに俺はとうとう音を上げた。

「何が言いてえの」

意外にも彼女は声を荒げることもなく、右手親指と人差し指で作った丸を左手の薬指にそっとかぶせながらひとり言のように呟いた。

「指輪が欲しい」

どうでもいいけど、右手と左手でその動きを繰り返すのは如何なものかと思う。下品だからやめなさい、そう言った俺の目の前ぱたりと動作を止めた彼女だがそれと同時に「指輪が欲しい」と、今度はしっかり俺に訴えるようにしてそう言った。
心臓を鷲掴みされた気分だ。

「あそ」

冷静にはきだした言葉であったはずだが、変に上ずってしまった俺の言葉を聞いて彼女はにやにやと口元を緩めた。

「裏返った〜」
「っせ」

どこかそわそわと俺の方を見ては天井を見て、フローリングに視線を落としてはまたも天井に上げて、そして俺を見てを繰り返す彼女に俺はとうとうため息をはいた。これはバレたも同然だな。俺が正座を崩したのを見つけた彼女は、何故か緊張気味に正座を作りだす。畜生、バレバレかよ。全く、サプライズも何もあったもんじゃない。

せめて、銀の丸と共に送る言葉は彼女が驚きに涙を流すぐらいのものにしてみせようか。
ジーンズの尻ポケットに手を入れた俺は四角い箱を取り出してみせた。