飴玉、チョコレート、クッキー、それからそれから…
どれがほしいの?
飴!
チョコ!
クッキー!
ううん、ぜーんぶちょうだい!

そうやって言える子たちが、うらやましかった。
いつだって私は臆病で、そうやって何かを欲しがったら、他のものまで全部私の手から零れ落ちていってしまうような気がして。

あなたが落としたのは、金の斧ですか?銀の斧ですか?
欲張りな木こりは、金の斧を欲しがって。それで大切なものを失って、しかも何にも手に入れられなかった。
欲しがってはいけないよ。欲張ったら、罰が当たるよ。
そう、昔話ではいつもいつも、欲張りは損をして、無欲な人が幸せになれるんです。

そうやって考えてきた私は、自分の気持ちに蓋をすることが当たり前になってしまっていた。
本当に欲しいものさえ、欲しいと言えずに。


「なに辛気臭い顔してんの?」

ぼーっと外を眺めていると、頭に手刀が振り下ろされた。
抗議の声を上げようと上を仰ぎ見ると、いつも通りの考えの読めない顔。

「いたっ!な、なんでもないよ!」
「それ、なんでもないって顔?もっとポーカーフェイスの練習した方がいいんじゃない?」
「う、ほんとになんでもないから、ちょっと考え事してただけ!」

私の心の中まで全部見透かされているような小湊のその笑顔は、ちょっとだけ怖い。

「ふーん。どんな?」
「どんなって、それ小湊に言う必要なくない?」
「生意気。どうせさっきの小テストの点数悪くて落ち込んでるとかそんなとこでしょ」
「ちがうよ!」

そんなこと、別に悩んで考え込んだりしない。…ことも、ないけど。
唇を尖らせると、ふっと笑った小湊が飴をひとつ、ころんと机の上に放った。

「それでも食べて、元気出しなよ。お前が落ち込んでるとなんか調子狂うじゃん」
「別に、落ち込んでないし、いらないし!」
「その味嫌いだったっけ?」
「そういう問題じゃないの!」

そういう問題じゃ、ないのに。
好きな人からもたらされるものなんて、なんだって特別で、たとえそれが飴玉ひとつだったって、宝物になる。
それでも、一度それをもらってしまったら、もっとちょうだい、もっともっとって欲張りになっていっちゃう気がして、手が伸ばせない。
いつもいつも、いらないなんて突っぱねて。
素直じゃない、かわいくない。

「じゃあなに、いつもいつも俺の厚意を無下にする理由がなんかあるわけ?」
「それは…」

口ごもる私を後目に、机の上の飴玉は拾い上げられて、小湊の口の中へ。

「だからさ、そんなもの欲しそうに見つめるんだったら最初から欲しいって言えばいいじゃん」
「もの欲しそうになんて、見てないよ」
「見てる。その口はなんのためについてるわけ?」

からん、小湊の口の中で飴玉が音を立てた。

「飴もいらない。チョコもいらない。クッキーだって、いらない。私に優しくしないで。全部全部、なくなっちゃう」
「優しくするよ。俺がしたいからするの。それで何がなくなるっていうのさ」
「私が欲しいもの、ほんとに欲しいもの」
「なんで?」
「欲張ったらいつだって自分の欲しいものは手をすり抜けていっちゃう、でしょ」
「それはお前が欲しいって言わないからだろ」

欲しいって言わなかったら、誰だってお前の本当に欲しいものになんて気づいてやれないよ。

そう言って笑った小湊が、机の上にありったけのお菓子を並べ出す。

「じゃあ、本当はどれが欲しいのさ。教えなよ」
「いらない、なんにもいらない、だから放っておいて」
「放っておかない。わからない?俺がなんでこんなにお前に構ってるのか」
「気まぐれでしょ、いつもの」
「気まぐれが毎日続いてたらしょうがないね」

俺にだってあるんだよ、本当に欲しいものが。

そう言って私を見る小湊の表情は、やっぱり読めない。

「なに、それ」
「教えない」
「私には聞いたくせに」
「じゃあ、お前が答えたら俺も教えてあげる。何が欲しいのか、ちゃんと答えるまであげない」

どれがほしいのか、言ってごらん?

「それは…」

それは、あなた。あなたのぜんぶがほしいの。

―――奇遇だね、俺もだよ。