せっかくの青春時代を私は灰色のまま過ごすことになった。別にいじめられたとか、恋人がいなかったわけではない。むしろその逆で、友達には恵まれたし彼氏もいた。ただ、その彼氏が地元に私をおいて部活のために東京まで出て行ってしまっただけなのだ。しかも、それを私に告げたのは進学が決まったあと。一つ年下の彼氏と同じ学校に通えるように私は進学先を地元の野球の強い学校をわざわざ選んだというのに、こうなることが分かっていたのならばもっと制服の可愛いところを選んだというのに、よりにもよってその東京のなんちゃらという学校に受かったあとに報告してきやがったのだ。制服デートとか、一緒にお昼とか、上靴の交換だとか、彼氏の学ランを着てプリクラだとか、一緒の文化祭だとかやりたいことは山ほどあった。あったけれどそれはむなしく霧散した。
 最初亮介からその報告を受けたとき、よほど詰ってやろうかと思ったけれど、亮介の顔を見たらそんな事できなくなってしまった。あまり自分のことを話すような性格ではないけれどずっと傍で見てきたのだからなんとなく思っていることが分かる。彼にだって譲れないものがある。けして私を蔑ろにしたわけじゃない。

「彼女おいてまで東京行くんなら、絶対レギュラーとって甲子園行きなさいよ」
「言われなくとも」
「たまには電話くらいしてよね、ばか」

 そうして亮介は旅立った。練習で忙しいから基本のやりとりはメールだった。帰ってくる時間はばらばらで、ひどい時には一日二日と放置されたことはあったけど、彼はきちんと返事を返してくれた。数ヶ月に一回くらいは電話もしてくれた。正直、声、忘れそうだったからもっと頻繁に掛けて欲しかったけど重荷にはなりたくなかったから言わずじまいだった。東京には可愛くてお洒落な女の子がたくさんいて亮介のこと好きになったらどうしようって気が気じゃなかった。野球しに行ってるんだから彼の生活の中心は野球になるのは分かっているけれど、でも一日の大半は学校で過ごすのだ。亮介の魅力に気づく女の子なんてきっと山のように出てくるはずだ。離れているとこんなにも心が醜くなるのだと、私は知った。
 亮介が野球に打ち込んでいる時間、私は勉強に打ち込んだ。もちろん友達とカラオケとか遊びに行くのは頻繁におこなったけど、それ以外の時間、たとえば普通の恋人同士が恋愛にうつつを抜かす時間、全部全部勉強に打ち込んだ。その理由とは、東京の大学に進学すること。さすがに私立だと親の負担も大きいし、恋愛のためにそんなお金を払ってもらうのは忍びない。でも、でも、もしあの頭のいい学校に受かったのならば、きっと笑顔で送り出してくれるはずだ。一年でもいいから彼の近くに行きたいと、それだけだった。

 努力の甲斐もあって見事大学に受かった。「ねえ春からそっちの大学に行くから」と報告した時のあの電話越しの亮介の変な声、今でも笑える。小動物が押しつぶされた時のような形容しがたい声。きっと変なしかめっ面になっていたんだろうなあ、と想像する。もちろん東京に行っても頻繁に会えるわけじゃない。でも放課後に練習見に行ったり、オフの時一時間でも会ったり出来るだけで幸せだった。

「……名前、練習見に来るのやめない?」
「どうして? 青道はOBの人とか沢山見に来るし慣れっこじゃない?」

 久しぶりにオフで、会ったと思ったら、いきなりの発言だった。今までたくさん我慢してきたのに、それまで制限するのはちょっとどうかと思うのよ。断固として拒否してやる、なんなら泣き真似だってやってやる、と決意を固めたのだけれど。

「じゃあさ、そんな短いスカートで来るのやめなよ」
「やぁだ、じじ臭い。学校でもみんなこのくらい履いてるよ。普通だよ」
「なんでそんなに顔がケバいの」
「失礼ね! お化粧しないのはそろそろマナー違反の年なのよ」

 洗練された都会にの人々に衝撃を受けて、亮介の隣に並んでも恥ずかしくないように頑張っているのに悪口と来た。なんだこの男は! 勉強も疎かにしてないし、バイトだって頑張って自分のお金でお洒落してるし、迷惑にならない範囲で恋人もしてるのに。そう言い募ると亮介はあの電話口で聞いた変な声を上げて黙り込んでしまった。しかも想像した通りのしかめっ面付き。しばらく唸っていたかと思うと、黙って、それからようやく重たい口を開いた。

「……部活内でさ、練習見に来てるあの大学生可愛いって話になってさ」
「亮介、それって、」
「うるさいよ」

 ねえ亮介、それって嫉妬かな? 私愛されてるのかな? 顔はいつも通りだけれど、耳だけ赤くなってるから少し期待しちゃうよ。可愛くなったのはあなたのためだし、ほかの男の子には目移りしないし、でも、でもね。私に灰色の青春時代を送らせた罰として、彼女の嫉妬して欲しいって可愛いわがままくらい許しなさいよね。