うちの学校の図書室からは、野球部の練習風景がよく見えるらしい。
クラスメイトから言われるまで気付かなかったが、確かにこちらからも図書室がよく見える。図書室は自習するのにたまに利用する程度で、窓からの風景など気にしたこともなかった。休憩の間、なんとなくそこを見つめていると、中からにゅ、と人影が伸びてきて、それはきょろきょろと辺りを確認すると、不意にこちらに視線をやった。あ、と声を上げるのと同時に、しっかりとそれと視線がかち合う。
…女子だ。
ひゅっと瞬時に頭を引っ込めた彼女が頭を出していた窓をじっと見つているうちに、休憩は終わり、その後何度か窓を気にしてみたものの、結局練習が終わっても彼女が現れることはなかった。

数日間、図書室の窓を気にしていると、度々彼女が乗り出してこちらを見ている姿を見ることが出来た。しかしどうも俺が見ていることに気付くと頭を引っ込めてしまうらしく、未だにろくに彼女の顔を見たことはない。
それから数週間、顔を見ようとする俺と、どうしても顔を見せようとしない彼女との奇妙な攻防戦は続いた。


そんなことも忘れ、夏の大会も終わり、本格的に勉強に打ち込むことになった頃、度々受験勉強に図書室を利用することになった。図書室からは確かに自分の後輩たちが練習に打ち込んでいるのがよく見える。窓辺に立って少し乗り出してみると、部員の表情までよく見えてくる。こりゃじっくり見られてたら恥ずかしいな。うわあ、と思っていると、目の前を通りかかった女生徒が、ぼと、と鞄を落とし、口をはくはくと動かしながらこちらを見つめていた。地面に落したままの鞄に見向きもせず彼女は一目散に走り去ってしまう。あ、と声を上げるよりも先に彼女はその場から居なくなってしまった。

思わず窓から外へ飛び出ると、静まり返っていた図書室がざわめき、司書さんのちょっと、と動揺している声が聞こえた。地面にぽつんと落ちているスクールバッグを拾い、彼女の走り去って行った方を追うように走る。既に彼女の姿はなかったが、校舎裏までは一本道の上に、非常階段へ続く扉が開いていた。

ろくに顔を見たことはないが、多分そうだろうと思う。たった数週間、言葉を交わした訳でも、顔を合わせた訳でもない。奇妙な攻防戦を続けただけの関係だったが、何故だか追わなくてはならないような、そんな気がした。いなければいないで、鞄だけ職員室にでも預けよう。ただ、なんとなく。そんなぼんやりした気持ちで屋上へと続く非常階段を上った。




「…見つけた」

「……!」


頭を抱え、給水塔の裏にしゃがみ込んでいた彼女の隣に鞄を下ろすと、ハッとしたように見上げた彼女の顔は、一瞬で真っ青になってしまった。なんで、と漏らした彼女に少し笑って、なんとなく、と言ってしまった。上履きの色からして、二年生だろうか。顔に見覚えはなかったが、図書室にいた女子だろうと確信した。


「な、長緒先輩…なんで…」

「なんでって、流石に目の前で鞄放ってまで逃げられちゃ追いかけたくもなるさ。俺の名前も知ってるみたいだし」


「そ、それは…だから、その…」


真っ青になったかと思えば、みるみるうちに真っ赤になる。まさか、と淡い期待を抱いてしまう。今にも泣きそうな顔で見上げてくるものだから、弱いものいじめでもしているような気分になってしまった。


「…わ、私があの窓から見てたって、先輩は知ってましたか…」

「顔は見せてくれなかったろ?気付いたのは今日だよ。どうしてあそこまで顔を見せてくれなかったんだ?」


「……だって、恥ずかしかったし…別に見てるだけで良かったので…」

「どうせなら話しかけてくれればよかったのに」


「む、むりですよ!気付かれた時だってどうしようかと思ったんですから!あそこからが一番よく見えたんです…」


彼女は話すことに夢中になっているらしいが、どちらかというと聞いていてこちらが恥ずかしくなってくる。これは、そういうことだと思ってもいいのだろうか。勘違いなら恥ずかしいけども。目線を合わせるように座り込むと、一瞬肩を震わせた彼女が、弱々しく、なんですか、と呟いた。


「さっき逃げたのはなんで?」

「お、同じ場所にいたからです!気付かれたと思って、吃驚しちゃって、つい…」


「鞄投げてくのはどうかと思うけどな」

「それはそうですけど…」


ごにょごにょと語尾を濁し、小さくなっていく彼女は少し可愛く見える。もういいですかねえ、と今にも顔を覆ってしまいそうなふらふらと揺れる腕を掴むと、彼女はひ、と息を飲むような悲鳴を上げた。


「もう少し詳しく聞きたいんだけど」

「…も、もう勘弁してください…恥ずかしくて溶けそうです…」


「俺が虐めてるみたいだなあ」

「いじめですよいじめ!人の気持ちを知ってそん…!…ん?人の気持ちを…知っ…?」


ああああ!と声を上げた彼女はほんとに勘弁して、とついに顔を覆ってしまった。その姿を見てついあははと笑っていると、目尻に涙を浮かべた彼女に思い切り睨まれてしまった。


「…も、もうこの際ですからね、へ、返事を頂きたく候…」


カタコトと変な喋り方をする彼女を見て、少し笑いながら、もう一度きちんと目線を合わせる。彼女は一瞬怯んだように後ずさったものの、すぐに意を決したような、腹を括ったような表情になった。

深く息を吸う。
こっちだって、意外と緊張しているのだ。




「返事、というか、まず、オトモダチからということで…とりあえず名前を教えてほしい、です」

「…は、はい!わ、私の名前は…」



「かわいい」って言いたいあの子
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