春風が心地よく感じられる4月。
俺は青道高校に入学した。
そして投手になって甲子園に行くという目標を胸に入部した野球部。
練習はやっぱりキツくて投げ出したくなっていた俺の前に一人の女が現れた。



『あー!ヒゲ!』



そいつは初対面にも関わらず失礼な発言をしやがったのが印象にある。
それから週に2回、部活がある放課後に現れては俺にちょっかいを出してきた。



『ヒゲー!』

「ヒゲって呼ぶんじゃねー!」

『ならスピッツ?』

「それも止めろ!」



相変わらず俺の事をからかってきては一人で腹を抱えて笑っていた。
ムカつく…。
何で俺がこんな目に合わなければならないんだ。
コイツが来てから俺は部活に集中出来ない。
他の奴もこんな大声で話す奴がいたら迷惑だろ、と目を向けるも哲と丹波、クリス以外ただニヤニヤ俺達の事を見ているだけだった。



「哲、お前だけが頼りだ!何か言ってくれよ!」

「……楽しそうだな、純」

「どこがだよ!」

「?…楽しくないのか?」

「貶されて楽しい訳ねーだろ!」

「貶されてるのか?」

「どうみてもそうだろーが!」



哲なら他の奴と違ってビシッと言ってくれると思ったのに…。
そういやコイツ、アホだった。
振る相手を間違えたとガックリと肩を落とす。
そんな俺を見てか、監督が傍に寄ってきた。



「お前、2年の苗字だな。練習の邪魔をするなら今すぐ立ち去れ」

『っ…』

「監督…!」



流石監督、迫力満点だ。
これでコイツも大人しくなるはず、だった…



『相変わらず、格好いい…ヒゲ』

「「は?」」

『監督様のその素敵なおヒゲ…そしておヒゲを際立たせるそのグラサン!最高です…!!』

「はいぃ?!」



コイツ、ただのヒゲフェチだったのか?!
苗字とかいう先輩は俺から完全に興味を監督に移していて携帯を監督に向け、何度もシャッターを切っていた。



「……伊佐敷。」

「……はい」

「今日はもう上がれ」

「え…」

「苗字をどこかに連れていけ。練習の邪魔だ」

『っそんなぁ監督様、私、監督様の元で働きたいです!』

「不純な動機で入部を許す訳にはいかん。さっさと立ち去れ」

『うぅ〜…』



あからさまに肩を落とす苗字さんにひとにらみ入れて立ち去る監督の背中からは怒りとほんの少しの動揺を感じ取れた。
監督の姿が小さくなると苗字さんは大きな溜め息を一つ。
そして俺の方に目を向け一言。



『あのさ…写真撮らせ――』

「る訳ねーだろうが。行くぞ」



懲りない苗字さんを一刀両断してグラウンドを後にする。
まだ部活に参加したかったけど監督命令が下されてしまってはどうする事もできない。
俺は、ぶすくれながらも後ろをついて歩いてくる苗字さんを背中に感じながら正門へと進む。
夕方とはいえまだ春。
5時を過ぎれば辺りは真っ暗になってしまった。



「なあ、」

『ヒゲェ…』

「……うぜぇ…」



監督に渇を入れられてからヒゲしか言わない苗字さん。
もうなんか面倒臭くなり何も言わない事に決め、ただ正門を目指す。
そして正門に着く直前、今までヒゲしか発しなかった苗字さんの口から他の言葉が出てきた。



『あのさ私、ヒゲの生えた人が好きなの』

「ああ、今日のやり取りで大体理解してた」

『そう…でね、ヒゲのヒゲも好きなんだけど、監督様のヒゲの方がもっと好き』



言ってる事は変態じみてるけど表情はとても綺麗で、思わず見入ってしまう。
別に好きとかそういうんじゃないけど、苗字さんに興味が沸いた。

次の言葉を待つ。
この時期の夜風は体を冷やす筈なのに風が吹く度に体温が上昇。
苗字さん以外の音なんか全く耳に入って来なかった。



『監督様にどうしても入部許可していただきたいんだけど…』

「ぜってぇ無理だろ」

『なっ!そこは「仕方ねぇ、苗字さんの為とあれば監督に頭下げてやりますよ!」とか言ってくれるものじゃないの!?』

「誰が言うか!一軍への夢が消え去るわ!」



ああ、なんだこのやり取り。
女子との会話ってこんなに緊張しないものだったか?
苗字さんは先程と変わらず言いたい放題なのに俺はそんな苗字さんが気になって仕方がない。
今までも気になる女子はいたけどここまで興味を抱いたのは苗字さんが初めてだ。
気付けば俺は苗字さんの手首をガッチリ握りしめていた。
苗字さんは一瞬顔をしかめるも今日一番の笑いをしていた。
余裕のある苗字さんの態度にムカついて俺はグイッと手を引き胸の中に閉じ込めようとするがそれを先読みしていたのか寸前でかわされた。
悔しくてクソッと拳に力を込める。
苗字さんはそんな俺にクスッと笑って一言。
その一言が色んな意味で俺のやる気に火を付けた。





「かわいい」と言うあの人



「苗字さん俺、何がなんでもレギュラー取るんでその時は俺の物になってくれ、さいっ!」



大声で言う俺に対して苗字さんはうーん、考えとく、と笑顔で言った。



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