「ねえねえ純、星、見に行こうよ」
彼女は手に星座の図鑑を握りしめて言った。教室の開いた窓から差し込む日光が俺の首元に差してじりじりと熱い。なのになぜか教室の冷房がついていて、その風が彼女の名前の髪を揺らしていた。唐突な提案に俺は思わず固まったまま何度か瞬きをした。彼女の顔と星座図鑑と交互に見る。にこにこと笑顔のまま俺の顔を見る名前が俺の反応を見てため息をついた。
「どうしたんだよ急に」
「今日図書館に行ったらこれ見つけて、星を見たくなったの」
「はあ…」
「ねえ、行こうよ。学校の裏の山のあたりとか街灯が少なくてすごくよく見えると思うんだけど」
「あんま気が進まねえな…学校の裏以外によさそうな場所ねえのかよ」
「だって純は寮だからその方がいいかなって」
「んなもんどうせお前を家まで送ったら変わんねえだろ」
「え、送ってくれなくていいよ」
「馬鹿そんな遅い時間に一人で帰さねえよ」
大丈夫なのに、本当に純は心配性なんだから…と名前は不満げにしながら図鑑を開いた。真っ黒な背景に白い星がいくつも描かれていてどれにも小さく細やかな字で説明が書かれている。よくそんなもん読めるなと思っていると、亮介がやって来た。名前の後ろから図鑑を覗き込む。「あれ、図鑑読んでるなんて珍しいじゃん」と言う亮介は正しい。こいつは普段から図鑑なんて読まない。
「あ、亮介くん。純がね、星見に行こうって言うのにぜんぜん乗ってくれないんだよ」
「へえ、いいねその話。じゃあ純じゃなくて俺と見に行く?」
「おい亮介ぶっ殺すぞオラ」
思わず口からそう出ていると亮介はにこにこと笑顔で「そんな怒らなくてもいいじゃん、純必死すぎ」と言われた。何が必死じゃ!と怒鳴るとちょっと落ち着いて純!と名前に制された。渋々イスに座りなおすと、名前が呆れたように頬杖をついていた。だめかあ、と憂鬱そうにする彼女に俺は何も言えずにそっぽを向いていると、急に彼女がぱたんと図鑑を閉じた。「夏の大三角形とか見たいのに。せっかく夏なのに」と不平をいう彼女に、俺は仕方なしに口を開く。
「プラネタリウム」
「え?」
「プラネタリウムができたらしいから行くぞ。来週の火曜はオフだからその日に」
「いいの?本当に?」
「嘘なんかつかねえよ、馬鹿」
俺の言葉に彼女は表情をぱあっと明るくした。ああ、新しくプラネタリウムができた話を姉が俺にしてきて、俺にしたってしょうがねーだろと半分聞き流していたが、ここで役に立つとは思わなかった。そんなに嬉しいかよ、と呆れたような顔をしつつも俺は自然と口角があがっていた。彼女はまだ嬉しそうな顔をしながら図鑑を開いた。外からぶわっと風が吹き込んで図鑑のページをぱらぱらとめくる。その拍子に彼女のスカートもぺらっと捲れた。慌てて図鑑で押さえてから、少し俺を睨む。
「見たでしょ、パンツ」
「なに今さら怒ってんだ。何回も見たことあるっつんだよ」
「へんたい」
「ボケ何とでも言え」
彼女が夏服のスカートを直しながらまた図鑑を開いて、また俺を見た。なんだよパンツ見られたくらいで怒るなよと思っていたら、急にはにかんで「純が彼氏でよかった」と言った。突拍子もなくて驚く。顔がかあっと熱くなるのを感じて、ああこれを恥ずかしいって言うのだなと実感しながら、「何言ってんだボケ」と言いながら彼女のスカートを思い切り捲ってやった。「何してんの馬鹿へんたい!」と怒る彼女の声を聞きながら俺は図鑑で彼女のパンチを防いでいた。