第4回 | ナノ

「いいな、男の人は」

部活が終わったその時刻はもう夕方も過ぎていた頃で、長い夏の日差しも殆ど沈みかけていた。
目の前で遊びながら片付けをする部員を眺め、隣で防具を外す枡先輩に言うともなしに呟く。
先輩はあたしと同じ方向を眺め、きっとこの中で一番長く一番暑い格好をしていたのに汗の光る顔面はむしろ涼しげで。
薄明るいグラウンドでまだまだ走れそうなほどの大声と笑い声の中、殆どの部員がその上半身を曝け出していた。

「お前も脱げばいいじゃねぇか」
「…セクハラ?」
「…また熱中症にでもなって倒れとけ」

パチン、と防具を外す音が響く。
体が軽くなったのが、先輩は大きく伸びをしてからタオルで顔を拭った。

「日焼けしたくないもん」
「もう日、沈んでんだろ」
「…そうだけど」

バケツに用意してあった水に先輩はタオルを浸してから大きく絞った。
あたしは夏場でも日焼けしたくなくて、というか日焼けしても黒くならない体質のせいで火傷みたいになるのが嫌でいつも長袖長ズボンのジャージを着ていた。
首元まで閉めたジャージに暑苦しいから脱げと周りには言われるが、日焼けした後の悲惨な状態をわからないからそんなことが言えるのだ。
ジャージの下には吸汗性のキャミソール一枚で、涼しいといえば涼しい。
肌を太陽に晒し続ける方がむしろ暑い気がした。

「この下、キャミソールしか着てないもん」
「キャミソール?」
「あの、タンクトップの肩紐が細いようなやつ」

先輩は水に濡らしたタオルを今度は首にかけた。
あたしの言葉にまだ疑問符が顔に張り付いていて、訝しげにあたしを見ながら練習着をゆっくりと脱ぐ。
先輩も防具をつけて多分ものすごく暑いくせに、選ぶアンダーシャツは殆どが長袖のハイネックの物だった。
暑くないの、と聞いても慣れた、としか言わなくて、よく脱ぐと評判の部員の中でも絶対にそういうことはしなかった。

アンダーシャツのぴったりとした生地が先輩の体の線をなぞる。
キャッチャーの格好をしている時でさえ華奢に見える体型なのに、その格好になると余計際立って細く見えた。

でも、腰、意外とがっしりしてるんだよね。

いつか見た先輩の上半身がふわりと思い出されそうで、あたしは慌てて頭を振る。

「キャミソール、ほら、こんなの」

首まで閉めていたファスナーを胸元まで下ろして右肩だけを先輩に見せる。
肌蹴たそこにだけ外の涼しい風が当たって気持ちいい。
タオルで体を拭っていた先輩の動きが不自然に止まり、驚いたような顔が数秒、あたしの肩に向けられた。

「こんな格好だと、今度は蚊に刺されそうで」

遠くに見えていた太陽がゆっくりと消えていく。
涼しくなった割にはまだ暑い、聞こえる虫の音と部員の声が耳に響いて心地良い。

「…早く、しまえ」
「え、うん」

驚いた顔のままだった先輩が、喉仏を揺らしてごくりと唾を飲み込んだ。
同時に、小さく掠れた声でそう紡ぎ出す。
涼しい風を浴びていた肩を素直に隠すと、先輩が怒った風に眉を顰め、細めた瞳であたしを睨みつけた。

「…な、何?」
「…ほんと、お前のバカさには毎度」

言いかけた先輩がそこで言葉を止めた。
あたしからも目を逸らして自身の荷物をまとめ始める。
その行動の意味がよく分からなくて先輩の顔を覗き込むと、真っ赤な顔をした先輩の横顔を見てしまった。

「…な、なんか顔、赤いよ?」

釣られて移った顔の暑さを誤魔化そうと笑いながらそう言うと、大きな舌打ちと共に先輩が怒鳴った。

「お前がそうさせたんだろ!」

勢い良くこちらを睨みつけた先輩の顔が最後の太陽の光に薄っすらと見えた。

「この、っ、バカ」

あたしから目を逸らした先輩がくそ、という言葉とともにそう絞り出す。
ベンチに置かれたカバンに腰を曲げる先輩の、腰が細くて、眉間にシワを寄せたまま真っ赤な顔で俯く先輩に突然触りたくなって。

あたしは怒られると分かっていながら、先輩の脇腹を小さくつまんだ。

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