どくん、どくん。休むことなく私の心臓は動く。
青道高校、野球部のグラウンド。下校のためにたまたま通りかかったそこで金網越しに彼が言った。
「好き」だと。
「は?!馬鹿じゃないの?!」
数秒の沈黙の後、真っ赤になる顔を隠してそう言うと御幸は嬉しそうに笑った。いつもの悪い笑みだ。
「素直な反応で可愛いーね」
「ちょ、ばっ…素直じゃないし!てか、何?!ば、罰ゲーム?」
「はあ?」
笑顔と一変、御幸の眉間には皺が深く刻まれる。ガシャァン、御幸の大きな掌が金網を掴んで揺れる。思わず俯いた私は前を見れない。
「なんだよ、ソレ」
凄くイライラしたみたいな、だけど悲しそうな御幸の声。遠くから御幸の声を呼ぶ倉持君の声がする。「れ、練習中じゃないの」とポツリと呟くと御幸は何も言わずにその場を去った。顔は見れなかった。見えたのは私から遠ざかっていくトレーニングシューズだ。
「どうした、お前」
目の前でフリフリと手を振る倉持君。思わずハッとして「なんでもない」と返すと、頭にハテナをいくつも浮かべて首を傾げていた。倉持様、倉持様。どうかできることなら、持ち前の観察眼で私と御幸を仲直りさせてください。…なんて言えるはずもなく今日も私は斜め後ろの彼が気になって仕方がない。
あれから何度も何度も考えたけど、いまだにわからない。確かに御幸は友達は…いない。だから仲の良い女友達がたくさん居るようには見えない。直接、女の子との絡みが多いわけじゃない。でも、モテる。
野球部の主将だし、背も高いし、何よりイケメン。正直御幸の隣を歩いてて女子からの視線が痛かったこともある。
だから、やっぱり「罰ゲーム」なんだって。そうしか思えない。だってだって、もし本当に御幸が私のことを好きなんだとしたら。…無理、顔熱い。
「だからさ…どうしたんだよ、お前」
「わぁぁ」
思ったよりも近くにあった倉持君の顔に驚く。「大丈夫か?」と言われて「ノープロブレム」と返した。
「なんかさー、本当どうしたんだよ。お前ら」
「お前ら?」
「あいつだよ」
倉持君の指を辿っていくと、そこには御幸の後頭部。机に顔を伏せて寝ている。
「朝練の時から調子悪いっつーか…まあ、とにかく不機嫌」
「へ…へぇ」
「だからさー、お前ら……なんかあったんだろ?」
更にずいと詰め寄られて倉持君との距離はわずか数センチ。
「ちち近い近い!!」
「お前が白状しねーならドンドン近ーくなーるー」
「ええ?!ちょ、それなんか違うっ…きゃ」
倉持君から逃れるために椅子を少しだけ浮かしたつもりが予想外に重心が後ろに下がって後ろに倒れそうになる。無理無理無理、…え。
お腹に回る腕の感触、視界は一変デカデカ御幸と書かれた上履き。
「えっ、え?!え?!」
「借りてくな、倉持」
「おー」
「えっ?!ちょ、御幸?!」
首を後ろに回して見えたのは御幸のハネた襟足と。隙間から見えた倉持君のだるそうな顔。どうやら、御幸に担がれてるらしい。こんな事ならダイエットしとけばよかったとか、昨日食べた深夜のケーキを呪う。ついでにそのケーキを買ってきたお兄ちゃんにも呪う。
「死ね、バカップル。本当、手のかかるやつら」
だから、倉持君が呟いてた一言なんて知らない。
私を担いだ御幸が連れてきたのは青心寮。ここは、御幸の部屋なんだろうか。転がったゲーム機と漫画に目をやる。
「うぇ」
ぼすん、とベッドに投げられる。頭をぶつけた痛さで目を瞑ると御幸が私の上に馬乗りになった。
「ちょっ、は?!何してんの!」
「何ってこれなら逃げらんねーだろ」
「はっ?私がいつ逃げた…の」
正面の御幸の顔が歪む。悲しそうな、でも怒ってるみたいな顔。昨日もこんな顔、してたのかな。
「逃げたじゃねーか。適当な言い訳して。俺の一世一代の告白から」
「いっ一世一代って!あんなにサラって言ってたじゃん!!そりゃ罰ゲームかなって思うよ!!場所が場所だし!!」
「思わねー」
「思うって!」
「つか、場所が違えばいいの?好きじゃ足りない?」
「え」
御幸の口から出た好きって単語にボッと顔が熱くなる。下を俯くと、御幸の両手で両ほほを掴まれて上を向かされる。御幸の手、熱い。
「初めて会った時から好き。付き合って欲しい」
ドクンドクンなんかじゃない。バクバク、バクバク。私の心臓は音を立てる。直接耳に音が聞こえてきそう。御幸に聞こえていたら、…すごく恥ずかしい。
「なあ、返事は?」
震える声で「よろしくお願いします」って言ったら、御幸は子供みたいにあどけなく笑った。