「あ、多田野」 ばたりと偶然会ったのは、苗字だった。いつもより早く終わった練習終わり、帰り道の途中にあるコンビニの前で、遭遇した。 「野球部いつもこんな遅くまでやってんの、大変だね」 そう言って先程コンビニで買ったのであろうアイスを袋から取り出し、シャリ、とかじる彼女。そっちだって、と呟くと、何がと返されたので、髪の毛濡れてる、と苗字の髪の毛に指を通した。 「ばれたか。大会近くって、細かいところまで修正してたらさ、」 そう、水泳部の彼女は笑いながら言った。野球部に負けず劣らずこんがりと焼けた肌が制服の裾から覗く。 「苗字、速いんだってな、中学の時全国区大会とか出てたんだろ?」 「えっ、何で多田野知ってるの?」 「クラスの奴らが話してんのが聞こえた」 「へぇ、」 調子はどうなんだと聞くと、普通かな、なんて答える彼女の表情は少し強張っていた。 「…あたしさ、」 「ん?」 「別に記録とか出したいわけじゃなくって、」 泳ぐのが好きだから泳ぎ続けてるの、そう口にする彼女は、嬉しそうに笑った。多田野もそういうのない?なんて聞かれてしまって考えてしまう。 「俺も野球好きだから、キャッチャーが好きだから、練習する。でもやっぱり、やるからには勝ちたい。」 勝って、今のメンバーで一回でも多く試合がしたい、そう言うと、苗字は、少し清々しい表情になっていた。 「何か、分かったかも」 「分かった?」 「ちょっと悩んでたんだよね。それが、多田野の言葉で少し分かった気がする」 何で泳いでるのかわからなくなってしまった彼女は、悩んでいたらしい。そんな悩みも自己完結をした彼女が、ふふふ、と笑う顔にどきりとしてしまった。 「好きだから、他の人よりもっといっぱい泳いでたいから、練習頑張るよ」 「おう」 「お互い頑張ろーね、多田野」 「お、おう」 「見に行けたら見に行くよ、野球部」 「サンキュ」 「だから多田野も、来れたらあたしの見に来て!」 そう、笑った彼女は綺麗だったもんだから、なぜか頬に手が伸びてしまった。 「な、何?どうしたの?」 「え、あ、いや、その」 ごめん、そう言うと苗字は先程とは打って変わって頬を染めて、溶けかけのアイスをまた、シャリ、とかじった。まだまだ暑い夏は続くようである。頬の熱が、俺にも移る。 |